2013年01月03日

イントロでアクション





 

この、どうしょうもないほど「日常的」な一日、あっという間に、たぶん夕刻

こんな日がせめて幾日かはつづくようなことがあってほしいものだと、ふといま思う。それほど「日常」というものが筆者の「日常」には完全に欠落してます。
お正月〜といわれてもピンとこないが、何もかもに、だらけ、怠惰のダの字までいっても罪悪感など湧かぬ数少ない休日……


そんな中、ここ数年、最初の女房と10年以上のブランクはあったものの、定期的に連絡を取り合っているのだが、アラサーで三人目になる子供がお腹のなかに、と告げられる(もちろん再婚相手との子供)。

血が混ざると生命への激しい謳歌も衰えること知らず。
長男の名はケヴィン。今年で18才・・・・・・

大天使の名前を拝借したものだ。
命名は母親(離婚後しばらくしてから知った妊娠だったため)。

そのイタリア人とルーマニア人の血が入る母と日本人の血も半分流れている青年ケヴィン。
まだハタチにはなってないけど、今年、私が初めて自分の生まれた土地をはるか離れ、長い異国の大地をさまよった歳と同じ齢を迎える。


おのれのせがれにどんな道を歩んでもらいたいか、と真剣に考えたことのある方なら分かるかも知れない、このもどかしい感覚。
わからないのだ。
実にわからないのです。

自分と同じようなふざけた道を歩もうが、つつましく「田園」風景にうもれながら牧歌的な農夫になってくれてもいい(ヴェートベンの名作『田園』は、かつてハイリゲンシュタットと云われた地方、息子の現住所から車で小一時間)。といっても現在のドイツ、EUの中では悪くないのに、東へ行けばゆくほど経済は極端に悪化中。

高等教育を受けていても、そうそう自分がやりたい仕事に就けるものではないらしい。
で、じゃあケヴィン、お前は?

 なんと音楽プロデューサーのアシスタント

即興のMCなんかもうまい。
音楽の才能はかねてから認めていたけれど、絵の才能がどうもまだ目が出ない。
いや、もともと絵の才能などなく、親バカ高じて幻覚でも見たのだろう、きっと。





丸本武

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2013年01月01日

世界音楽


チャパティー デリバリー バイク



いつか大晦日にやろうと決めて、いつの間にか毎年、年が明けて〜とっくに何ヶ月も経ってから

「あ、忘れた……」
と思い出して来たのが、
この
 『地中海性気候〜音楽の旅〜』
なのでありますが、詳しい解説などなどは蹴っ飛ばし「音楽」を文字通りそのまま――ただリンクを貼り付ける、という「皆さま御承諾行事」の、一見、しなくとも! ごていねいでない新年早々ブログ・・・

本来意図したカタチにするには かなりの時間とロウドーリョクが掛かると相分かり、
とりあえずのホッタテ小屋『地中海の〜なんたらかんたら〜ヴァージョン……

来年は本腰?いれて?インシャッラー


今回、ただ たくさん好きなのだけをピックアップしてはアカンと、地中海広域、と限定。最後まで無料で聴けるYouTubeのみからのリンク。

大抵の「インナーネットユーザー」がちゃんと聴ける、云々放棄し、出てくる言語はスペイン語にフランス語、サルディーニャ語、ヘブライ語にアラビア語、と多すぎず少なすぎず……

 *********************************

まずは1996年の冬だったか、初めての離婚後にたどり着き、拠点を置いた街バルセロナ。

ロサーナ・アルベロという名の、歌手としては少々遅咲きの、けれど泣かせる曲から身の踊る曲まで多彩多才の人物。


★Rosana -  Si Tu No Estás Aqui
ロサーナ。
ちょうどやみくもな旅路の果てで大ヒットしてた名曲 『 Rosana - Si Tu No Estás Aqui 』 。いつ聴いてもこんなにシンプルで泣かせる曲も珍しいと思う。歌詞の意味がわかるとなお泣ける。



次は一転、しっとりとしたスペイン語ナンバーから、ファンキーなフランス語のナンバーに

★Zaz -  Ma Folie
ザズ。
路上のパフォーマンスがクチコミで話題になり、いつの間にか成功してしまった天然児たち。
でもその実力たるや、そのリズム感たるや、そんじょそこらの「ベテラン」もかなわない!





つづいてイタリアはサルディーニャ島から。実はこの島、土着の音楽だけでなく世界的にも数少ないポリフォニーの伝承地。今回は日本語版アルバムが出たことのある本物のベテラン、歌姫エレーナ・レッダ

★Elena Ledda - 
Cantu a Dillu
エレーナ・レッダ
彼女のことは十代の頃から大好きで知っていて、22才の時にイスタンブールで短期間アパートを借りていたことがあるのだけれど、隣りに住んでたサルディーナ人…曰く
「エレーナ・レッダを好きな人間はどんなヤツでも信用する!!」





★Dulce Pontes,  Os Índios da Meia-Praia
ドゥルス・ポンテス。
日本でもたくさんのアルバムが発売され、もやは説明するまでもないけれど、アマリア・ロドリゲス亡きあとの「ファド」を、ここまで異次元・異空間に広げながらも切なくサウダーデ(ソダーデ)している素晴しい女性。





★Noa ことAchinoam Nini 
ノア、ことアキノアム・ニニ
ここでもさほど前でない時期に取り上げたので、そちらをご参照?(ひとつの言語につきひとりのアーティストなので)〜 ノアよりもっと高い頻度でとり上げているオフラ・ハザをはじめとしたイスラエル人アーティストに関心のある方は、テルアヴィヴのInternetラジオにゴ−





Fayrouz
ファイルーズ
このひとの、この曲も忘れられない
語ること多すぎる曲なため、以下、後略(笑)






                 文責・引用責任:丸本武

posted by タケシ・トラバート at 01:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月30日

「こちらでも」と、つなぎぶろぐこうしん

こちらでも、不定期的に(それも、かな〜り不定期的に)、「連載」? しております。


takeshi_title.png
http://web-bohemian06.sblo.jp/
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2012年12月27日

時間の中の時間

歳を喰ってふと気付くと、だんだん美味しくないのがわかる、
じゃなく、
年齢と共に時間の流れが速く感じるのは残念なことだけれど、「感じる」というのはあくまでも錯覚でしかない。

実際に時間の流れは(時間の中に身を置いている以上)確実に加速している。

それは、文字通り時間の流れが加速しているという現実から無意識の内に逃避した人類が「時間の流れが速く感じる」という幻想を生み出してしまった後の副作用のようなもの。


そもそも「感覚」や「感じ方」で時間は速く流れたり遅く流れたりするものではない。

もう少しシンプルに表現すれば、時間というコンセプトに絶対というものなどありはしない。

まず時間そのものからして科学的に極めて不安定、不規則な存在だということを改めて思い出さないとならない。


「時間」が存在したりしなかったりするという現象を理解しないかぎり、人類はいつまでたっても宇宙の「中」で時間に束縛され、右往左往しながら生き、そして死んでゆく。


なかには「時間」というもの、人類が「地球上で」生活してゆく上での便宜的な概念である、と勘違いしてしまっている方々、かなり多いのではないかと思う。

決して理屈めいたハナシをここでしているのではなく、いたって当たり前のハナシなのだが……、

だから何だというのだ、
と思われてしまえばこのブンはここで終ってしまう。

  いや、終ってしまっていいのかもしれない。

ただ、結論がないので、もう一行。


 「時間は確実に存在し、歳と共に確実に科学的に速まってゆく」
     で、よいだろうか。



             文責:丸本武

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2012年12月19日

「終末論とDNA」

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ひとが「世界の終り」や「人類の滅亡」などといったカタストロフな予言を愛する理由


まず、大前提がある。

【人間という生き物は、いつか必ず自分にも死が訪れる、という「希望」があるからこそ「生きて」いられる】

これこそが、
「死」そのものが、

ひとが ひととして生きてゆく上でのエネルギーであることはもはや疑う余地などない。


もし、人間から「死」や「終り」といった概念を取り上げてしまったりしたら、その瞬間から人間は生きてゆく活力を失い始める。

いつかこの「生」にも終焉がある、という意識が人間を生かしてるだけであって、もし宇宙にも生にも「終り」などなく、永遠に続いてゆくなんてことになってしまったら、人間はひとり残らず発狂してしまうだろう。

何ごとにも「終り」が来るのを知っているから安心していられる。

または、この苦痛と苦悩どもが絶えることのない世界。そこで生きてゆくには「死」というピリオドが、そう遠くない「明日」にでもやってくる、という「希望」がなければやはり発狂してしまうだろう。
どうゆう訳か、ひとは「死」を遅くしたり早めたりできる数少ない生物(ヒト科生物以外で有名な生物としてレミングがいる)に分類される。


ところで
これを書いているのが2012年12月19日。
「滅亡の日」まで70時間をきっている。


何年も前にハリウッドでは莫大な制作費を掛け、その名も「2012」という映画まで作られ、本当に信じている方々の数、日本との温度差、はるかにケタ違い。

既に断食をはじめているひとや、家や土地を全て売ってしまった方、集団自殺を計画しているグループ……

ここ日本でも数年前は「マヤ暦」「2012年人類滅亡」といったキーワードが書籍や新聞雑誌類で見掛けぬ日はない! ほどだった。
テレビもこぞって面白おかしく取り上げて、空前のブームにもなったが、

 「その日」が近くなるにつれ、
一般市民・視聴者の関心度は反比例。

あれほど騒がれた「2012年人類滅亡」の数日前だというのに、テレビも雑誌も知らん顔。
誰ひとりとして慌てたり恐怖に押しつぶされてるよーな人間は、この界隈(どこ?)ひとりもなし。

 

北米や南欧の国々にくらべると、日本人はとてもとても醒めている。

そもそも2012年12月21日が「終焉の日」であることさえ知らないかのように。どこを調べても誰に訊いても答えは
「そういえば、あったねそんなヨゲン(笑)」
「そこまで正確に分かるなら地震予知なんて朝飯前ネ!」等々。

すぐにハナシをそらすのである。

エンターテイメントとしての「予言・予知」は大いに歓迎するが、マジなのは勘弁して、疲れるから(笑)…… ということだろうか。



個人的な意見だが、「終りの日」はべつに2012年12月21日でなくともよい。

来年でもよいし、あさってでもいい。

ただ、数年以内に「創世記」にも記されているような大洪水で地表は四十日四十夜、水で満たされ、(地球上で最も害のある生き物)人類のいない美しい天体として生まれ変わるだろう。


  私はただ、その美しさを想像したい。





最後に念を押してしまうが、筆者は大真面目に「人類はもって10年、もしくは数年内」と思っている。






   文責:丸本武

posted by タケシ・トラバート at 14:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月09日

霊長類ヒト科 生物


raneem BirthdayCard2012.JPG

ここのところ「終電逃し」ばかりの小生。週末でもないのに……ひとりディスコ(クラブでは決してない)で踊り明かして来たかのよう……
まぶしい東陽に目を細め、着古した黒いジャケットの襟をムリヤリなおし、
通勤者とすれ違ってゆく道ゆき……

朝一番のガラガラ電車と酔っぱらいが織りなす早々朝の光景に溶け込む、おのれ……

帰宅しても仕事があるのでバッタリ眠るワケにもゆかず、半時間ごとにブラックのコーヒーを淹れ、喫煙度数はもはやヘビーやチェーンを超え、眼の充血度はマリワナ常用者レベルで、その日の仕事に取り掛かるのだけれど、
どんなに頑張ろうと、既に慢性化してしまった疲労と寝不足のおかげで集中力も忍耐力も想像力も使い古されたモップのよう
。いや、モップそのもの。

そんな状態でまともに仕事などできやしないのに、それでも仕事らしきものをしなければ明日が無いフリーランサーというカルマ……
(世界ひろしと言えども、こんなカルマが存在するのは「日本国」を置いて他にない !? 笑 )

今日こそは終電に間に合ってぐっすり眠ってやる、と決め込んでも、おそらくまた終電に間に合わず、始発電車を待ちながら野良犬のように真夜中の大都会をとぼとぼ歩くのだろうか……(「ならばアクセスゴキゲンな場所に住め!」)。

DSC01980 (1024x747).jpg

 と、


そんな個人的な生態観察はよしとして、昨夜は仮眠を少しでもとろうと、数年ぶりにインターネットカフェなる不可思議な施設で約3時間過ごしたのだが、世に言う “ネットカフェ難民” はどこにもいないのである。

念のためにと何件も回って聞き込みをしてみたのだが、どのインターネットカフェの店員さんに聞いても返事は決まって
 「ウチにはいませんね〜」

もうネットカフェ難民など古いのだろうか? 

それともインターネットカフェという施設に支払う僅かな金銭も払えなくなり、さらに安く過ごせる「施設」に、元ネットカフェ難民は移行していったのだろうか?

「かれら」(ここでの「かれら」とは便宜的に年収50万円以下の「健常者」を指す)は、
この「世界」の、恒常化した どん底街道 まっしぐら 経済状況の中、いま、どのような生活をしているのだろう?

と、疑問符をあえて付けてみたが、実は答えを知っている。

しかし、底辺で生きている人々の生活状態を報告する場ではないので、省略。

roof-top

 
問題は、「3.11」から数年、もしくは十数年後の若者たちは “アジア” に生きている、という実感を抱きながら、汚染されたこの列島で破綻した日本経済を尻目に、まるで不可触民であるかのような生活を、巨大なスラム街と化したTokyoというコンセプトの中で、送らなければならないのではないか?

と、そんな妄想が一瞬よぎった。

これが単なる妄想で済めばよいのだが、

自然界の長(おさ)は想像以上に手厳しい。


誤解を恐れず書いてしまえば……

われわれヒト科の霊長類が他の生物や自然界、そしてこの地球やこの太陽系に支払うべく莫大なツケは、「無数のいのち」でコト足りるものではないだろう。

そしてそう遠くないある朝、
自然界の長がホモサピエンスという生物を裁くとき、

裁かれる側であるわれわれは、どう裁かれたのか知らぬまま、地球から姿を消していることだろう。


そして再び己に問うてみる

霊長類ヒト科という種族ひとつがこの地球上から姿を消すことと、

海棲哺乳類ジュゴン科という種族ひとつがこの地球上から姿を消すこと、

そのどちらが深刻な問題なのだろうか……と。

そのどちらが地球にとって “一大事” なのだろうか……と。


べつにペシミスティックな問いではない。比較自体がナンセンス。
あえて付け加えるならば、

  「なにごとにも順序や順番がある」


そう思わずにはいられない。




                          
文責:丸本武
posted by タケシ・トラバート at 17:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月02日

「エルサレム」での12月 クリスマス前から新年しばらくフラッシュバック1999〜2000




洞窟




自分に向けて書くように他者へ向けて書く。他者へ向けて書くかのように、自分に向けて書く。そのくりかえし……

あまり、よろしい、とは言えない。


 12月。 いつの間にか。

ところで「12月」という月は、かなりドラマに満ちた月だったと過去をまさぐり、

思い当たる。

良くも悪くも、だ。

ただし、これらは「笑える範囲内」としての「良くも悪くも」である。


かなり個人的なハナシになってしまうけれど、過去に筆者はこの寒いトーキョーの冬から逃れるため(な〜んてことは滅多に最近しませんが)、

何かの理由を付けては「地中海性気候」の土地で――結局はガタガタふるえるハメになるのがオチ――

師走も大晦日も新年も迎えられるようワガママ押し通してきましたが、
そんな気軽に

「冬の数ヶ月間はちょっと消えております」やっていたら、いいかげん干されてしまうので、最近は自粛しております(?)。




    ◆

ひさびさなので、たまには勝手に「世界各地の冬:アレコレ」


やはり忘れられないのは、

「サラエヴォの冬」「シリア砂漠の冬」「リスボン下町での冬」

「冬のクルディスタン」「冬のブダペスト」「ブロンクスの冬」etc.と切りがない。

そしてそれぞれにまつわるエピソードもエンドレス。

なので、

中でも印象深かった「年越し」をひとつ。



  オリーヴ山


(東エルサレムよりさらに東に「そびえる」小高い丘。聖書にも幾度も登場し、丘の頂からはエルサレム旧市街だけでなく新市街までもが一望のもと)。

そう、あの「オリーヴ山(オリーブの丘)」のことである。


それ以前もそれ以後も幾度か滞在していたことがあったイスラエル&パレスティナ……その中でも一番「長居」してしまった1999年〜2000年という期間。

かの地は比較的おだやかだった。ほんのわずかな「平穏期」……

ミレニアム・イヤーの秋(928日)に、アリエール・シャロン(当時リクード党党首:イスラエルの超タカ派政党筆頭株)が土足でイスラム教重要聖地にのりこみ、


「エルサレムはどこもかしこもイスラエルのものだ!」


などとホザいてしまうまで……

    ◆

もとい、オリーヴ山の裾に無数とあるユダヤ人墓地、
静かで、周囲に誰もいない一角……

墓石が古すぎて、ただの長方形ストーンしているひとつを選んで、
その上に身を横たえる……


遠く、

街のほうから聞こえてくるカウントダウンの歓声や、

2000年になったとたんニューイヤー花火がいたる所で上がるのを……ただ墓石の上であおむけになりながら、

何を考えていたのか思っていたのかはとっくに忘れてしまったが、夜空を見ながらしばらくそのままのかっこうで、

ひとり感極まっていた。

「イベント」自体はどれも小さく、グレゴリア暦より「りっぱ」なユダヤ暦なるものをもつエルサレム。西暦でのニューイヤーなどあっけないものだった。


それなのにいまでも「年越し」とくると印象的に思い出されるのは、どうゆうわけか、

「エルサレム」での冬、なのだ。



当時(1999年暮れ)、エルサレム旧市街(東エルサレム)の一角、アルメニア正教区のかたすみにあったホテルに住み込みで働いては絵を描いていた。


1999年のクリスマスシーズンもそのホテル(『エル・マラック』天使たち、という名の小さなホテル)のアラべスクなラウンジで受付席にすわりながら、スケッチブックに異国情緒タップリな絵をサクサク描いてた。

そして、それがまた悪くない値で売れるのだった。


そんなある日、クリスマス・イヴに友人たちや当時のガールフレンドからパーティの誘いがかさなり、2日
間の休みをホテルのマネージャー氏に申し出た。
マネージャー(といっても老婆であるが)お気に入りの模範的東洋人、ということで、2日間の休みはすぐ許可された。

筆者がアチコチで開かれているホームパーティをハシゴし終えてホテルに戻ってきた時に初めて知った、とある「事件」……

★(センテンスがいちいち長くて自分でもヤニなって来るが、しゃーない)

シナイ半島産のハイクオリティーなマリワナで、五感すべてがかなり敏感なまま何千年も前から争いの舞台として「使われて」きた、ある種の哀しい映画セット……

その上にたたずむ「おれ」というピエロ……


ところで、アルメニア正教区を選んだのには、


「おのれの立ち位置(ポジション)」の中立性を表すためでも、

歩いて数分のところに「シオンの丘」があったからという訳でも、

新市街(イスラエル人だらけの西エルサレム)へ行くのにアクセスが楽だからというワケでも、

もちろんない。

ただ、なりゆきで、いつもどおり「おさまった」のだ。


と、ハナシがいつまでたっても前にすすんでいないようなので、プレイバック……

そんな心地酔いメンタルで2日ぶりにホテル『エル・マラック』に戻ると、

相棒のメフメット君が興奮してコトの次第を詳しく


……脳がまだハイビスカス状態のオレに面と向かって……説明してくれるのだ。

「今年は珍しくひとりだけだったけど、ちょうどタケシがオフを取った後、イカれたスウェーデン人のクリスチャンがチェックインしたんだ。そいつが」


 とそこまで言ってから、ラウンジのとある一角で眠ったように横たわる男の方を指差した。

「あいつが自殺する前」と、再び説明に戻るメフメット。
「っていっても、つい2時間ほど前のことなんだけど、オイラも含めて何人かの人間がラウンジで『1999年、クリスマスの夜にエルサレムで自殺すれば、月の裏側で待機している宇宙船がオレを神の王国へと連れてってくれるんだ!』って、あのサイコ野郎がほざいてたの聞いてて……とにかく毎年毎年いつまでたっても、こんなやからが何人も後を絶たないんだ。死ぬならわざわざこのホテルじゃなくて他でやってほしいゼ。それよか今年はキワーメテ忙しいンダ! 年末年始の予約が、もうすでに今夜もビッシリ……」

宇宙船が迎えに来てくれなかったおかげで貴重な休み明け早々、ヘビーな仕事……

それから新年を迎えて数日が過ぎるまでの約一週間、


毎日がわざわざ過剰なまでに、

いちいちドラマティックだった。

(中略:バッサリ!)

拠点をエルサレムよりずっと暖かい地中海に面したテル・アヴィヴに移したのは、2000年という年をただ漠然と受け入れた1月下旬ころのこと。


……ふと、ここまで忍耐し、お付き合い頂いた読者皆さま側、その視点に近い第三者的なサメた目で読み返し、「これ以上、皆さまの貴重なお時間、拝借するには百年早い!」との結論。
 お口直しに

    


動画は「Noa」こと、アキノアム・ニニ。

その後のテル・アヴィヴ時代(については千夜一夜のストーリーが待ち構えているので、ここでは無視)。

たまたまそれ以前、
20世紀末のどこかでNoa(ノア)のアパートメントの近くで地元の友人とフラットシェア生活していたことがあり、たしか当時もすでに成功を収めてた気がするけれど、Noaも無名時代と変わらず気さくにみんなから「ニニ!」と可愛がられていたように記憶する。

ちなみに、イスラエルの国民的歌姫、故オフラ・ハザと同じく、イエメン系ジューイッシュ。

 



     


   
      文責: 丸本武 & タケシ・トラバート 



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2012年11月17日

うつ病 前夜祭!


うつ病前夜祭、というのは、「パリ祭」だとか「収穫祭」だとか「感謝祭」だとか「犠牲祭」だとかと同じように毎年必ずやってくる。

ただ、先が読めない、という決定的な違いゆえ、革命前夜祭のほうがニュアンスとしては近いかもしれない。


あるていどギリギリのところで――祭り事やら革命やらを横目に見ながら――開催時期の少しだけ前に「いつなのか」はわかる。
というのが、うつ病前夜祭。

たいてい予兆らしき心身の変化が二週間ほど前から顕れてくるのだが、
日々の雑事煩悩にかまけてなかなか気づかないことも多い。



そんなわけで、うつ病前夜祭なるうわ言、うつ病前線が完全に通過しきるまで続きにつづくのである。

ただ、自己認識できている内が花、そのまま様々なことが億劫になっていつの間にかモノホンのうつ病患者。

ほとんどの場合、前線が通り過ぎ〜前後も含めて2ヶ月ほど、というのが私のケースだけれど、
中には自覚不可能のまま行くところまで行ってしまう方々〜これからの季節、うな重のぼり警報。

「行くところまで行ってしまう」という表現は、もちろん「自殺」だとか「強制入院」だとか、ふ、の香りが漂うが、

不謹慎ながらも羨ましく思うときがある。
けれど、
私の場合は
 たまたま
  別の意味で
   「行くところまで行ってしま」った〜ことが

 過去に何度かあるようなので、

――その「羨ましい」という感情も、どのようなワケか完全に醒めてしまっているらしいということだけは知っているはずなのに詰まる果てがどのようなとこだったのかなどはクラーク・ゲイブルと共に去りぬ――

          ◆

ハナシ変わって、ニッポンいち 「ニッポンの冬」 が嫌いな小生、
べケタミンもメスカリンも効力なしの硬直メンタル・・・・・

いかにこの「日本の冬」をゴマかそうか、バックれようか、考え中。


ところで、本当のうつ病の方々にとって、今年の冬越えはかなりの試練になりそうである。
などと簡単に書いてしまってはいけないのかもしれなくもないのでサッと


この冬は昨年の自粛モードの反動
  &
キビシイ家計状況も一瞬忘れて「忘年会」で消費されるアルコール量は相当なものだろーなー、と勝手に推測。


 「忘年会」だけでなく「何々会」「打ち上げ」「打合せ」等々には付きものの「酒の席」・・・・・・

下戸で外食嫌いなオレは、毎回、「ウーロン茶」片手に何かに添え物のパセリ(肉や珍味には興味なし)をつまむ程度。
これがぼくにとってはかなりの厄介ごと。
おまけに清算は「人数分で割って、ひとり4,000円ねー!」とくる。

「4,000円」は決して安くは無い、が、驚くほど高くもない。
ただ、それが週に2度や3度もあるので数年前から「忘年会(飲み会)」は欠席、酒のない席でアラタメテ、とダダをこねるようにしてる。

フリーランスや自営で生きてる方々にとって、酒の席は大きなプロジェクトや企画が決まるところでもあるから馬鹿に出来ない。
もちろん下戸でもサクサク仕事し、集まっては食事し、新たなプロジェクトや企画をその場で通してしまえる達人もいる。
問題は、この寒くなる季節、映画のように安ワインやチーズ囲んで暖を取る、という如何にも楽しそうな輪に加われないということか……

  でもって かなりサム〜く 切ない季節の到来

traubert with grass.jpg

 
 小生、繰り返すが、本当にからっきし酒がダメなのだ。
 医者に止められてるから等のレベルでなく、
 単に「下戸」なだけ (アルコール分解コウ素・皆無症?)。
 本当にアルコール類は一口も呑めない。 コニャック入りのチョコレートでアウト・・・

ほかの皆があふれんばかりの笑顔で、なおかつ心の底から幸せな表情(絵描きのオレはどうしても人の表情の裏の裏をハンティングしてしまう)。
そんな風景を見ながら、

「俺があんなに楽しそうに最後に笑ったのはいつだったろうか?」
 と・・・・・・


お酒がせめて飲めるカラダなら日々のストレスも多少は減って、笑顔などいちいち毎回作らなくとも……
などとよく思うが、もしお酒が飲めるカラダだとしたらとっくに重症のアル中。
いま、このくたびれた世の中には生きていないだろう。

そんなこともおもう

P.S
( たしか思春期の終り頃、恋人の条件に『酒が飲めない』 『煙草が大好き』(笑)という項目を入れたことがあったけれど、のちに結婚した三人のワイフは皆、お酒が苦手でタバコやマリワナは大好きのアーティストばかりだった )


  以上!!
                      
                              丸本武
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2012年11月16日

意識革命



2012年 意識大革命


といっても、昨今の書籍やテレビやウェブ上で安易に使われている「意識」「大革命」「革命」などとはハナシのラベルからして違う。

ところで筆者である「私・オレ・ぼく」の、いま現在、理解していることはというと、
年内(
2012年)から来年(2013
年)にかけてが、
精神的・物質的・肉体的・統計的にも、
人類が誕生してこのかた誰も見たことも聞いたことも感じたこともないほど大きな「変化」が起こるであろうこということ。

それも理屈なく間違いないのだ。

と、信じてしまいたくもなるエスケープ組……。

「世界の終り」についてではなく、「ヒト科」のマイナー化について、という側面から考えればさほど悲観的になることもないだろう。

そもそも、この太陽系第三惑星地球。

ひとが住むにも何にもキャパがある。

大陸がこれくらいで、海が占める面積はこれくらいで……とやってゆけば、この惑星にちょうどいい人類人口は、おそらく
100万人ほどだろう。現時点の7千分の1、というところか。その隔たりたるや尋常ならざらの極致。

そして同時ひとりつぶやく「終焉と再生」。

はたして、どれほどの人類が「その後」の世界で生息できるのだろう。

そんなことまで心配してしまうほどこれからの数カ月間、この惑星に勝手にそれもタダで間借りさせてもらってきた「人類」は、そろそろ他の種に王座を明け渡し、期限がとうに切れた年貢でもちゃんと納め、天災人災による「間引き」が始まるのを、ただ指をくわえてみているだけでなく、悔恨の情と共に、これらは決して他人事などではないのだと、身を引き締め順番を待つ。





 



タグ:意識革命
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2012年11月12日

漠然に「外国」というコンセプト 儚さ

on-na


帰国した、という感は、幸か不幸か毎回の如く、無い。
生まれ育った “ 国 ” に帰って来た、というだけでの意味で、私は “ 帰国した ” と書ける。


はたして何処から何処へ “ 帰って ” 来たのだろう……


   ◆


以前、ここでも幾度か触れた覚えがあるけれど、
  「国」という概念、
  「外国」という概念、
  「国家」という概念、
  「故郷」という概念、
  

 そして「帰着」というコンセプト……
 
(それにしても、ろくでもない空虚でオカト違いな散々たるこの鬱陶しいブン......どうしてくれよう……。
寛大なる読者に謝罪と眠剤を…… ボン・シャンカール)

 何某かを書かねばならない時、どうしても「コトバ」が内包する意味と定義に頭を悩ましてしまう。


それは、ここニッポンを取り巻く環境が、「十年ひと昔」から「五年ひと昔」になり、

現在に至っては 「ひと月ひと昔!」 になってしまっているように感ずることと無縁ではない。


そしてまた、二十世紀末以降、誰もがほんの数万円で、ときには “日帰り” までが可能になり、
「外国」という単語がたんに “ 日本国の外にある国 ” という意味、だけを、臭わしていることが、どうしても気になって仕方がない。

そもそも、ここ “ 日本国 ” も事務的手続きを済ませ “ 出国 ” してしまえば、あたりまえだけれど既にたんなる某 “ 外国 ” でしかない。
もちろん我々ニッポンジンと呼ばれる“日本国籍保有者”は、
その時点でもう、たんなる “ ガイジン ” でしかない。


さらに屁理屈を付け加えれば、この度もまた、たんに “ 外国 ” から “ 外国 ” に移動した、というだけのことである。


移動の過程において、出入国カードに必要事項を書いたりといったナンセンス?な行為には目をつむるにしても、いまだ「国」から「国」へ移るにあたって、前世紀末とさして変わらぬバカバカしさにニヒルな微笑を隠しきれない。


   ◆


だから常に私は、日本国以外の他の「国」から帰って来たとき、“ 帰国 ” という漠然とし過ぎた単語を用いることに対し、異常なまでの違和感を覚えてしまう。


 “ そのとき拠点としている土地への帰還 ”、

あるいは、響きに傲慢さが、かなり見え隠れするけれど、


 “ 来日 ” 、 “ 訪日 ” 、


 または

 “ 日本という不可思議な国への旅 ”  などと書いたりするのです。



                           丸本武   high
posted by タケシ・トラバート at 09:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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