2013年03月28日

入院を経て 1.



ババジー





日本に帰ってくる度に、自律神経を狂わしてしまう。

もっと言えば副交感神経が機能しなくなってしまう。

もっと言えばセロトニンが枯渇してしまう。


それはたぶん何ごとにも深入りしすぎてしまう性分だからなのか、
それとも単に「旅」の振り子があまりに極端だからなのか、知るよしもないけれど、歳を取るごとにその症状がヘビーになっていることに気づく。

でも、そんな「症状」は少なからず誰にでも共通しているのではないか。


ただし今回はひどかった。

たった3ヶ月インドで、いかにもオレらしい(?)生活をしたのち、帰国してからというもの、症状はどんどんと悪化し、それを隠し隠ししながら日本で生活なるものをしていたのだけど、とうとうパンクしてしまった。

寝不足や過労やストレスからくるウツ、そこから派生する消滅願望・・・・・・

てっきり他人事だと思ってタカをくくってたのが、マズかった。


繰り返しになるが、今回はひどかった。

コトバで表現できないほどに。

精神病院にひと月半も入院しなければならないほどに。








 

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2013年03月26日

・・・


 かえってきました

 まだ全快というにはほど遠いのですが、徐々に復帰してゆこうと、あせらず

 ふと、

 ふと振り返りながら すすんでゆこうと思っております。



文責:丸本武

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2013年02月02日

ポジション

この数年、人間の立ち位置とは? とひんぱんに考えるようになった。
自分だけでなく、国籍年齢問わず、各自のポジション。

ここでの立ち位置・ポジションとは決して「自称」であってはならない。自他共に評価があってのポジションである。
どうゆうことかと言えば、ひとはどのような社会で生きているかによって「おいしい」ポジションに身を置けるか、あるいは、身を置かざるを得ないか、ということに考えが及んだだけのこと。

現実社会の場合、それはたとえば、場の盛り上げ役。これなどは、政治という祭り事でもまったくあてはまる。記録する者いれば、記録し伝える者もいる。影で支える者や火に油を注ぐ者、あらゆる場面でおのれのポジションというのは当人の性格や容姿や体調によりけり、システムの中で動いている以上、自動的に決まってしまう。

ところである時期、自己コントロール・自己アピールが上手い人間と出会う機会が集中してあった。
共通しているのはみな、おのれのポジショニングが達者、ということである。

だれもが地球上で生活している以上、大なり小なり社会というものの中で生きている訳なのだが、かれらはガンジガラメなシステムのなかで生活し働いているにもかかわらず、みずみずしく輝いてた。自分の力量や限界をある程度知っていながら、さらにその上を歩こうとする姿はかっこよくもあった。


ポジショニングが達者、というのは、どんな場面でも真っ先にトピックの主導権を握ることができ、自分が一番らく〜に楽しめる状態に自己をもっていけるような方々のことだ。かなりうらやましい、といえる。



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2012年12月02日

「エルサレム」での12月 クリスマス前から新年しばらくフラッシュバック1999〜2000




洞窟




自分に向けて書くように他者へ向けて書く。他者へ向けて書くかのように、自分に向けて書く。そのくりかえし……

あまり、よろしい、とは言えない。


 12月。 いつの間にか。

ところで「12月」という月は、かなりドラマに満ちた月だったと過去をまさぐり、

思い当たる。

良くも悪くも、だ。

ただし、これらは「笑える範囲内」としての「良くも悪くも」である。


かなり個人的なハナシになってしまうけれど、過去に筆者はこの寒いトーキョーの冬から逃れるため(な〜んてことは滅多に最近しませんが)、

何かの理由を付けては「地中海性気候」の土地で――結局はガタガタふるえるハメになるのがオチ――

師走も大晦日も新年も迎えられるようワガママ押し通してきましたが、
そんな気軽に

「冬の数ヶ月間はちょっと消えております」やっていたら、いいかげん干されてしまうので、最近は自粛しております(?)。




    ◆

ひさびさなので、たまには勝手に「世界各地の冬:アレコレ」


やはり忘れられないのは、

「サラエヴォの冬」「シリア砂漠の冬」「リスボン下町での冬」

「冬のクルディスタン」「冬のブダペスト」「ブロンクスの冬」etc.と切りがない。

そしてそれぞれにまつわるエピソードもエンドレス。

なので、

中でも印象深かった「年越し」をひとつ。



  オリーヴ山


(東エルサレムよりさらに東に「そびえる」小高い丘。聖書にも幾度も登場し、丘の頂からはエルサレム旧市街だけでなく新市街までもが一望のもと)。

そう、あの「オリーヴ山(オリーブの丘)」のことである。


それ以前もそれ以後も幾度か滞在していたことがあったイスラエル&パレスティナ……その中でも一番「長居」してしまった1999年〜2000年という期間。

かの地は比較的おだやかだった。ほんのわずかな「平穏期」……

ミレニアム・イヤーの秋(928日)に、アリエール・シャロン(当時リクード党党首:イスラエルの超タカ派政党筆頭株)が土足でイスラム教重要聖地にのりこみ、


「エルサレムはどこもかしこもイスラエルのものだ!」


などとホザいてしまうまで……

    ◆

もとい、オリーヴ山の裾に無数とあるユダヤ人墓地、
静かで、周囲に誰もいない一角……

墓石が古すぎて、ただの長方形ストーンしているひとつを選んで、
その上に身を横たえる……


遠く、

街のほうから聞こえてくるカウントダウンの歓声や、

2000年になったとたんニューイヤー花火がいたる所で上がるのを……ただ墓石の上であおむけになりながら、

何を考えていたのか思っていたのかはとっくに忘れてしまったが、夜空を見ながらしばらくそのままのかっこうで、

ひとり感極まっていた。

「イベント」自体はどれも小さく、グレゴリア暦より「りっぱ」なユダヤ暦なるものをもつエルサレム。西暦でのニューイヤーなどあっけないものだった。


それなのにいまでも「年越し」とくると印象的に思い出されるのは、どうゆうわけか、

「エルサレム」での冬、なのだ。



当時(1999年暮れ)、エルサレム旧市街(東エルサレム)の一角、アルメニア正教区のかたすみにあったホテルに住み込みで働いては絵を描いていた。


1999年のクリスマスシーズンもそのホテル(『エル・マラック』天使たち、という名の小さなホテル)のアラべスクなラウンジで受付席にすわりながら、スケッチブックに異国情緒タップリな絵をサクサク描いてた。

そして、それがまた悪くない値で売れるのだった。


そんなある日、クリスマス・イヴに友人たちや当時のガールフレンドからパーティの誘いがかさなり、2日
間の休みをホテルのマネージャー氏に申し出た。
マネージャー(といっても老婆であるが)お気に入りの模範的東洋人、ということで、2日間の休みはすぐ許可された。

筆者がアチコチで開かれているホームパーティをハシゴし終えてホテルに戻ってきた時に初めて知った、とある「事件」……

★(センテンスがいちいち長くて自分でもヤニなって来るが、しゃーない)

シナイ半島産のハイクオリティーなマリワナで、五感すべてがかなり敏感なまま何千年も前から争いの舞台として「使われて」きた、ある種の哀しい映画セット……

その上にたたずむ「おれ」というピエロ……


ところで、アルメニア正教区を選んだのには、


「おのれの立ち位置(ポジション)」の中立性を表すためでも、

歩いて数分のところに「シオンの丘」があったからという訳でも、

新市街(イスラエル人だらけの西エルサレム)へ行くのにアクセスが楽だからというワケでも、

もちろんない。

ただ、なりゆきで、いつもどおり「おさまった」のだ。


と、ハナシがいつまでたっても前にすすんでいないようなので、プレイバック……

そんな心地酔いメンタルで2日ぶりにホテル『エル・マラック』に戻ると、

相棒のメフメット君が興奮してコトの次第を詳しく


……脳がまだハイビスカス状態のオレに面と向かって……説明してくれるのだ。

「今年は珍しくひとりだけだったけど、ちょうどタケシがオフを取った後、イカれたスウェーデン人のクリスチャンがチェックインしたんだ。そいつが」


 とそこまで言ってから、ラウンジのとある一角で眠ったように横たわる男の方を指差した。

「あいつが自殺する前」と、再び説明に戻るメフメット。
「っていっても、つい2時間ほど前のことなんだけど、オイラも含めて何人かの人間がラウンジで『1999年、クリスマスの夜にエルサレムで自殺すれば、月の裏側で待機している宇宙船がオレを神の王国へと連れてってくれるんだ!』って、あのサイコ野郎がほざいてたの聞いてて……とにかく毎年毎年いつまでたっても、こんなやからが何人も後を絶たないんだ。死ぬならわざわざこのホテルじゃなくて他でやってほしいゼ。それよか今年はキワーメテ忙しいンダ! 年末年始の予約が、もうすでに今夜もビッシリ……」

宇宙船が迎えに来てくれなかったおかげで貴重な休み明け早々、ヘビーな仕事……

それから新年を迎えて数日が過ぎるまでの約一週間、


毎日がわざわざ過剰なまでに、

いちいちドラマティックだった。

(中略:バッサリ!)

拠点をエルサレムよりずっと暖かい地中海に面したテル・アヴィヴに移したのは、2000年という年をただ漠然と受け入れた1月下旬ころのこと。


……ふと、ここまで忍耐し、お付き合い頂いた読者皆さま側、その視点に近い第三者的なサメた目で読み返し、「これ以上、皆さまの貴重なお時間、拝借するには百年早い!」との結論。
 お口直しに

    


動画は「Noa」こと、アキノアム・ニニ。

その後のテル・アヴィヴ時代(については千夜一夜のストーリーが待ち構えているので、ここでは無視)。

たまたまそれ以前、
20世紀末のどこかでNoa(ノア)のアパートメントの近くで地元の友人とフラットシェア生活していたことがあり、たしか当時もすでに成功を収めてた気がするけれど、Noaも無名時代と変わらず気さくにみんなから「ニニ!」と可愛がられていたように記憶する。

ちなみに、イスラエルの国民的歌姫、故オフラ・ハザと同じく、イエメン系ジューイッシュ。

 



     


   
      文責: 丸本武 & タケシ・トラバート 



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2012年11月16日

意識革命



2012年 意識大革命


といっても、昨今の書籍やテレビやウェブ上で安易に使われている「意識」「大革命」「革命」などとはハナシのラベルからして違う。

ところで筆者である「私・オレ・ぼく」の、いま現在、理解していることはというと、
年内(
2012年)から来年(2013
年)にかけてが、
精神的・物質的・肉体的・統計的にも、
人類が誕生してこのかた誰も見たことも聞いたことも感じたこともないほど大きな「変化」が起こるであろうこということ。

それも理屈なく間違いないのだ。

と、信じてしまいたくもなるエスケープ組……。

「世界の終り」についてではなく、「ヒト科」のマイナー化について、という側面から考えればさほど悲観的になることもないだろう。

そもそも、この太陽系第三惑星地球。

ひとが住むにも何にもキャパがある。

大陸がこれくらいで、海が占める面積はこれくらいで……とやってゆけば、この惑星にちょうどいい人類人口は、おそらく
100万人ほどだろう。現時点の7千分の1、というところか。その隔たりたるや尋常ならざらの極致。

そして同時ひとりつぶやく「終焉と再生」。

はたして、どれほどの人類が「その後」の世界で生息できるのだろう。

そんなことまで心配してしまうほどこれからの数カ月間、この惑星に勝手にそれもタダで間借りさせてもらってきた「人類」は、そろそろ他の種に王座を明け渡し、期限がとうに切れた年貢でもちゃんと納め、天災人災による「間引き」が始まるのを、ただ指をくわえてみているだけでなく、悔恨の情と共に、これらは決して他人事などではないのだと、身を引き締め順番を待つ。





 



タグ:意識革命
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2012年08月27日

「風が吹くとき When the Wind Blows」 おぼえていますか?


「風が吹くとき」 (1986年)
この映画、いっときとても話題になり、よく覚えています。
(ロジャー・ウォーターズによる音楽監修もメディアを驚かせ)

チェルノブイリの年に作られた問題作。
核戦争後の世界を老夫婦をとおして描かれた予兆作品。
冷戦末期の、独特なニヒリズム

とても久しぶりにまた観たい、と思っていたら、youtubeに日本語吹き替え版もオリジナル版もあり、
まあ、スゴイ時代だと思いつつも、
いつこの世界がこの映画のようなストーリーを辿っても、まったくおかしくない

(再観し、前半、ところどころ「戦争懐古主義的」セリフが、気にはなりますが、ぜひ最後まで)
(一日一部、でも可能であれば最後まで)













オリジナル英語版
一度に最後まで、の方は
オリジナル英語版


(著作権等は制作者に既存します)





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2012年06月02日

またふたたびの「記録」について

A Girl&Calcutta.JPG

仕事であれ趣味であれ、写真を撮ったり何かを録音したりするといった行為そのものが、極めて退屈で疲れると感じる時と、
それなりに楽しいと感じられる時が同時に訪れる時が多い。
あるいは、同時でなくとも、記録を残すことの大切さや楽しさや必要性をひしひしと感じる時と、あまりに虚しく、またバカバカしいと感じる時の、ある種の振り子の両極を、せわしなく行ったり来たりする。
問題なのは、その振り幅が極端にひろく、同時であれ両極を行ったり来たりしている時であれ、中間というものがまったくと言っていいほど、無いことだろうか。


物事を「記録する」とき、たとえば目や耳にダイレクトに届くはずの写真が、どれほど重要なツールなのかと痛感したかと思えば、次の瞬間には説明不可能なある種の喪失感におそわれ、手にしている写真機を投げ捨て、ついでにハダカになって神秘の滝壺におもいっきり飛び込みたくなってしまう。もっと素朴に書けば、ついいまさっきまでせっせと押していたシャッターから指を放し、手元のカメラが何やら邪悪な物体にみえ、ちからいっぱい地面に叩きつけたい衝動に駆られたりする。


その「場面」、「情景」、「ひと」、「その他エトセトラ」を、どうしてわざわざオレはこんなふざけたマシーンで記録し&残そうとしているんだろうか〜、と、ゾッとするときさえ多い。
それがたとえ愛着のあるカメラで、また、純粋に「思い出として」であろうと、なかろうと。


何かを伝えたり証明したりするとき、写真の持つ有効性は否定しない。
いつの間にか写真のハナシになってしまったが、特に筆者のような自称ジャーナリストなどにとって、その職業上、撮影という行為を完全に放棄することは、あまりよろしいことではない。

どうも冒頭から、ただひたすら一般論に徹しているところなどをふと「顧みる」と、自分がどれだけいま睡眠や休息が必要なのか、
ひとときの戦慄……

posted by タケシ・トラバート at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ふと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月23日

◇ 接触 ◇


 


礫砂漠


昔からライヴや展覧会のオープニング・パーティには、こまめに足を運んできた。
それが友人・知人のライヴ・個展であろうとなかろうと……

あたりまえだけど、ライヴ(コンサート、リサイタル、フェスティバル)では、作品の作者 自らが歌い奏で、
展覧会(小規模な作品展から、エキスポ、写真展、絵画展、朗読会……)のオープニングやクロージング・パーティでは、作品とそれらを“創造”した作者と同じ空間を共にすることができるから……

同じ空間を共にし、話し、ハグし、時にkissしたりるすこと……
間接的なものは何もなく、リアリティの洪水、雨、あられ。

こういった“ナマ”のシェアが、いまの弱気な日本に一番 必要なことだと つくづく思う。


今回、実は、ハグやキスの文化について書くつもりだったのだけど、また いつか。


◆二台あったデジタルカメラを数週間前、どこかの山奥に捨ててきてしまったため、しばらくはそれ以前の写真を使ってみようかと思う。
埋もれた瞑作・迷作が、実はかなりあって困っていたので丁度いいかもしれない。



        Takeshi Traubert Marumoto(丸本武)


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2012年02月22日

[直下型地震][誘発地震]について、ふとした“懸念”

日仏中庭

先週、ヴァレンタインの日、幾つものメディアが、不安を煽り立てないよう、極々控え目に「直下型地震」が福島原発の真下で起こる可能性が高いことを発表している。

どの記事も、それなりの説得力はあるものの、あまり表立ったニュースにはしていない。

また、今週に入ってもマグニチュード6~7クラスの巨大地震(巨大余震?)発生を臭わす情報が、地震観測関係者だけでなく、メディア関係者の間でも飛び交っている。

さらに、誘発地震として、複雑にプレートがのめり込み合う「富士山」……
仮にも「活火山」であることに変わりはない富士山への影響......
東海地震リレーション〜etc.

思えば2012年という年、元旦早々から地震で幕を開けた。

これは筆者の単なる誇大妄想でしかないことを、先に断った上で、こう書かずにはいられない。

“いまだ気の遠くなる震災復興。しかしそんな必死の努力も祈りも、まるで嘲笑うかのように、早ければ数ヶ月以内、遅くても数年以内に「3.11」を上回る「天災」が、この日本列島を徹底的に揺さぶり、本州島の半分は壊滅的な被害を受けるのでは”

と。

あくまでも筆者個人の「懸念」であって、納得して頂ける証拠や理論はまったくない、ということを忘れないでほしい。

◇以下、表面的でいささか曖昧な記事をリンクしてみる。

◆福島原発で直下型地震の恐れ

http://www.jiji.com/jc/zc?k=201202/2012021500941


◆原発直下で地震の恐れも 深部から水供給
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120214/dst12021420240016-n1.htm


文責:丸本武
posted by タケシ・トラバート at 05:38| Comment(0) | TrackBack(0) | ふと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月12日

あまりにも色々なことがあり、、、波と疲

ここ最近、ブログが、まったくもってして書けない。

二転三転視点御殿……

時の流れがあまりに早くて、
ある種の時差ボケ状態、つづきにつづく。

この、人類みなが棺桶に片足つっこんでるような時代、
何かともどかしさが、しゃがみ込む。

今日、この世を去ってしまった、かけがえのないディーヴァ......
彼女も幾多のもどかしさに、疲れてしまったんだろう
Amen

      
posted by タケシ・トラバート at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) | ふと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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