2012年12月30日

「こちらでも」と、つなぎぶろぐこうしん

こちらでも、不定期的に(それも、かな〜り不定期的に)、「連載」? しております。


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http://web-bohemian06.sblo.jp/
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2012年10月12日

【 ウッドストックへの道 】 THE ROAD TO WOODSTOCK




the road to woodstock


 



     ふといま ウッドストック



 

 先日、誕生日を迎えたばかりの古い?大親友

 Soulmate、ムロケンこと、室矢憲治氏が
 一日17時間で4週間(60日?)でこの大著を翻訳!

 したのは、もうかれこれ一年半前

 音楽好きでなくとも、一家に一冊の重要「決定版」!!

「マスターピース」!!


 今年820日に小学館から、それはそれは長いエピソードと道行きの後、

 まずば初刷り全国の書店で発売中★


  編集は天下無敵の編集者、島本脩二さん!!



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◆以下、謎の番組「J-cast」による説明◆

J-CAST THE FRIDAY」第90回放送分。「ウッドストック」の生みの親であり、主催者として現場を指揮したラングは当時24歳、会社などの後ろ盾もなければ、百戦錬磨のプロモーターだったわけでもない。集まったスタッフも半ば素人ばかりで、開催までには数々のトラブルに見舞われた。しかし、40万人もの観衆を集め、期間中会場では1件の暴力沙汰もなく終了、「ウッドストック」は愛と平和の祭典として語り継がれることとなった。『ウッドストックへの道』の訳者・室矢憲治さんと編集者・島本脩二さんを招き、「ウッドストック」の時代について話を聞く。


http://www.ustream.tv/recorded/24432743


 
この「番組」の中で
 ムロケンも島本さんもホントいいこと言ってる


 とても大切なことも言ってる

 (お互い大変な時期だったのに、
  即興 名ゼリフ & 格言 が いたるところに★)

   最後の最後まで要CHECK!!


この「プロジェクト」のために特別インタヴュー

  したのはムロケン!
  されたのはジョニー・ウィンター!





◆翌年劇場公開もされた傑作映画 『ウッドストック 愛と平和と音楽の3日間』

  もうとっくに御覧になられてる方々も、もう一度。


ウッドストック愛と平和と音楽の3日間40周年


 ◆
40周年記念ドキュメンタリー映画⇓
                 Woodstock Documentary

本書を読んでから観るか

観てから読むか

読みながら観るか・・・

とにかく「ウッドストック」へいたる、「背景」・・・知らなかった方

ゼヒ!!

(ナレーションが少々棒読みで気になるけれど・・・
まさに Back Ground of WOODSTOCK !!

Woodstock  Documentary



 おまけ:まめな方も()世の中いるものです・・・が、
 

    撮影(あるいは編集の一部)は

   

  「タクシー・ドライバー」でデビューする直前の
 

   マーティン・スコセッシの可能性大★!?


 




 ★こちらは冒頭のトークでムロケンご本人も触れて、
   日本でもヒットした映画 『ウッドストックがやってくる』予告編

 



 

 ☆ 参考までに: 興味深い「書評」をリンク

  ◆今週の本棚:川本三郎・評
 『ウッドストックへの道』=マイケル・ラング著(室矢憲治訳)

 http://mainichi.jp/feature/news/20120902ddm015070057000c.html


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☆☆☆


★ 室矢憲治MUROKEN 公式サイト】







PS: ★忘れちゃいけない、この瞬間も!!







ps 2:




文責&引用責任:丸本武


 

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2011年07月02日

大赤字覚悟の極めつけ豪華な紙媒体「創刊」!?

この度、何を血迷ったのか、極めて特殊な紙媒体を“創刊”してしまおうと思い立ったタケシ・トラバート。
どこまでもどこまでも無茶なプロジェクトです。

以下、とんでもない企画書(「執筆のお願い」)から一部抜粋。

***********************************

「執筆のお願い」


形態:雑誌でもムックでもフリーペーパーでも単行本でもない紙媒体の発刊。

 

 第一号のテーマ:


ラスト・ボヘミアン・メッセージ
――遺言――

21
世紀に入り、既に十年以上が経ち、その間、多くの貴重な歴史の証言者たちが次々とこの世を去っていってしまい、かれらがわれわれに残した数多くのメッセージはいまや絶版や廃版になってしまった作品や書籍の中で、長い冬眠期間に入っています。

しかし、今後それらの書籍なり文献なりが再版される保証などどこにもありません。電子版でかろうじて抄出されるか、インターネット上で膨大にアーカイヴされたものから電子画面を通し、目にすることは可能でしょう。
それは視覚と聴覚のみでの「再会・再発見」であり、一文字一文字を愛で、匂いをかぎ、多少の重みと手触りといった触感なき世界での話です。

本来、言葉とは、人間が持つ様々な器官の幾つかを無意識のうちに駆使することによって初めて、心に長くとどまるものです。

情報過剰時代が加速してゆく中、今この瞬間もテレビやインターネットや新聞や雑誌などが連携し合い正しい、情報を伝達する為の最善の方法を模索しています。

それでも、次から次へと新しいメディアが登場し、竜巻のごとく時代も情報も手段も何もかもを席巻し、われわれが知るべき英知や受け継げなければならないスピリット、そして困惑を極めるこの時代に必要とされる麗しくも研ぎ澄まされた幾つものアドバイス、そういったすべてが霞みの向こうに幻のごとくゆらめき、徐々に遠ざかってしまっているように感じてなりません。

そんな中、インターネットや既刊の印刷物のどこをどう探しても見つけることのできない抵抗者たちの言葉を、集めて形あるものとして残したいと思い立った次第です。

手遅れになるには遅くはない。
鼓動しつづけるハートビートを刻みながら活動している素晴しい生き証人たちがたくさんいます。

そんな方々の言葉、振る舞い、醸し出すオーラ、真珠のきらめきをそのまま「遺言」というあえてネガティブにも響くテーマで包み込み、受け渡すべきバトンとしてリリースしてしまおう、というのがこの度の企画の趣旨であるわけです。

テーマ:
◆この時代に、あえて無名の若造が編む紙媒体だからこそ寄せて頂きたいワイルドなメッセージ。(ためになる、なららない、は度外視で)。

テーマの「遺書」について。
あくまでも「最後にこれだけは伝えておきたい、或いは言い残しておきたい」ある種の“言葉の遺産”として解釈して頂く(本来の遺書では書ききれないこと、書くことができないこと。または遺書にしてはいずれ読むことになるであろう“遺族”の方々にとっては少々過激な言葉)。

◆パブリックイメージを壊さない程度で。語り掛ける対象者は、決して若者に限る必要はなく、同世代の方々も含め、おそらくは自分より、もう少しだけ長くこの世にとどまるであろう世代全てに対して。

◆怒りや苛立ちであろうと、後続たちへの不満であろうと、これまでなかなか公の場で口にしたり書いたりする機会のなかった、本音。なるべくストレートに。

それらは、ちゃんとした文章であろうと、散文や詩といった形態であろうと、手紙や独白といったカタチであろうと、書き手の素顔や個性が出ていればそれで構いません(そもそも文章になっていなくても構いません)。

また、俺だからこそ、私だからこそ、貫いてきたこと、言えること……、それがたとえ自慢のように響いても結構です。

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✻これまでの人生の中で、体験し、成し得た最高のきらめき。
✻これだけは後世へ伝え残したいアドバイス。
✻どうしても誰かが受け継いでいってほしいスピリット。
✻どんなに時代がおかしくなろうとも、守り抜いてほしい道。
✻どうしても培ってほしい抵抗心。
✻人生を振り返りながら、トップとボトム、後につづく人間への言葉。

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上記の項目を参考に、

「わたしからの最後にして極めつけの捨てぜりふ・アドバイス・願い・メッセージ」
を、50字〜1600
字の間で書いて頂く。もしくは口頭で語って頂いたものを編者が文章にする。

重要なお願い

この度の創刊ですが、あくまでも“雑誌メディアの衰退とクオリティーの低下”に対し、出版業界全体へのカウンター・パンチ、或いは起爆剤となりうるような斬新さ(完全ボランティア執筆)でリリースしたい所存です。
最初から「完全保存版」をモットーに発刊したいと考えております。
運営資金は通信費と製本代のみでのスタートになってしまいました。

激怒なされるのを承知の上で、わたくし丸本武(発行人)からの最初で最後の無茶なお願いとして、どうか執筆料(原稿料)をお支払いできない、という非常識な条件を与して御協力お願いいたします!!


◆執筆陣:候補者(敬称略・順不同)

瀬戸内寂聴、横尾忠則、藤原新也、白石かずこ、加藤登紀子、森山大道、カルメン・マキ、細野晴臣、田中邦衛、三國連太郎、永六輔、高倉健、戸田奈津子、常盤新平、友部正人、草間彌生、片桐ユズル、山本耀司、山田洋二、ピーター・バカラン、田原総一郎、室井滋、若松孝二、内田裕也、山下洋輔、中川五郎、菅野ヘッケル、麻田浩、他。

◆有名無名にかかわらず、ボランティアで執筆して頂く(原稿料等の支払い不可能の為)。

☆最終的に20名前後に絞る(執筆を承諾して下さった方の数により変動)。

形態:
◆サイズ:A5半(変形)
◆ページ:95ページ前後
◆表紙以外モノクロ
◆部数:2,000
(雑誌でもムックでも機関誌でも単行本でもフリーペーパーでも通常の自費出版モノでもないため、部数は未定。表示は目安)
◆予定価格:800円(税込)
◆不定期刊


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  丸本武完全責任編集
『ボヘミアン
デカダンス(仮)』
 

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2011年06月04日

「開高健さんと、バナナパンケーキの旅」

 今日はアムネスティの事務所に寄った帰り、
COW BOOKS南青山店で、ほとんど幻の本になってしまった開高健さんの『知的な痴的な教養講座』という希少本を購入(もちろん文庫版ではなくハードカバー)。

インターネットで探せば意外と簡単にお手頃価格で出に入るのだろうが、自分のなじみの古書店で手に取り、これでもかと愛で、
たっぷり時間をかけた挙句、では! と買うことの喜びは、ステキな女性を口説くのと果たして似ているのだ。

開高健「知的な痴的な教養講座」.jpg



朝の10時に焼いたパンケーキは、多摩、笹塚、小川町、神田、表参道と、その日もあらゆる土地を旅し、最後に辿り着いたのがCOW BOOKS南青山店。

残りもので申し訳なかったけれど、最後のワン・ポーションをそのお店の名ブック・キュレーター、斉藤瑠里さんに。

でも、大抵、最後に残った包みのバナナシナモンパンケーキが(これまでの経験から?どうゆうわけか)一番美味いのである。

今日、と言っても、もうとっくの前に日付は変わり、外は明るくなってる。
ひさしぶりに良い買い物ができた。

ひと眠りしたら続きを読もう。この本、開高健さんの魅力とワイルドでユーモラスな歴史が凝縮されていて、手元に置いてあるだけでもビートな魂が伝わってくる。

ところで問題は、彼の著作も含め、素晴しい作家たちの文章に多く触れれば触れるほど、おのれの方の文章がデタラメになってゆくのは、なぜだろう・・・。

 

201164日早朝)

Takeshi Traubert Marumoto
丸本武
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2011年04月26日

★ チェルノブイリ 25周年に ★

“フクシマ” がこれからどうなってゆくのか先の見えない中、
 
チェルノブイリ原発事故からもう25年もの歳月が流れてしまった
 
いまだ現地で苦しんでいる多くの方々を想う。

今日から数回に分けて、かつて某雑誌に寄せた記事の原稿をそのままここで掲載してしまおう。
時効も過ぎたことだし・・・
(あの雑誌、おそらく日本で手にすることが出来た方々、せいぜい
1万人程度だろうし、なんてったって写真が良かった)

****
以下「ベラルーシ幻想(「ミンスク夢幻」より)********

〜〜前略

『大国のツケを静かに払いつづけている国』

日本人や他の無機質先進諸国の住人にとって、あまり馴染みがないであろうこのベラルーシという国は、地理的に冷戦時代にはソヴィエトの場末と位置づけられ……

ソヴィエト崩壊後には最も資本主義レースに乗り遅れた、西でも東でも北でもない“どこでもないどこか”にある、いたってファジーな国と認識され……
EU
再強化時代には、その存在自体ムシされ……

21
世紀が幕を開けた頃には「たしか、あのチェルノブイリの近くにあったロシアの自治州かなんかだっけ?」ならまだしも、「スター・ウォーズに出てくる謎の惑星だろ?」……「クスリでいっちまったブルース・ブラザーズのかたわれで、サタデー・ナイト・ライブでブレイクした伝説の……」etc……と、救いようのないまでの認知度。

歴史にその名が登場する頻度のあまりの低さ。なぜだろうか? 

でも、そんな謎といてゆくという企画ではないので、大胆な割愛に御理解を……。
世界が無視しつづけようが、それはそれでしかたがない。

しかし、当のベラルーシでは、EU本部が東へ東へと触手をのばした結果、「とうとう我々の国は、地理的にも文化的にも真にヨーロッパの中心になったのだ!」と、妙にうなずける発言が飛び出しはじめ、日本を含めた欧米諸国の多少は地理や世界史に明るい人間の中には、「そう言われりゃ、確かにそうだよなぁ……」とつぶやいた方々もおられることだろう。

実際、ポルトガルのロカ岬から、ロシアをぶった切るウラル山脈までが一ページにおさまった地図をどこかから引っ張り出して御覧頂きたい。
(注)現在、「ヨーロッパ」と便宜的に言われている土地は、西はポルトガルのロカ岬、東はシベリア地方を切り離したウラル山脈、北はもちろんラップランド、南は地中海から黒海へとつづくクリスチャン・ベルト、ということになっている。
そうすると、ベラルーシ国がヨーロッパのハートに位置していることは一目瞭然。 


その昔、現在ベラルーシがある地区は、文化、民族、交易の十字路だった。

その後、中世から今日にいたるまであらゆる民族に蹂躙され、煉獄街道まっしぐら。
20
世紀にはソヴィエト対ドイツ戦の主戦場と化し、寛大寛容な民族性ゆえ無数のユダヤ人をかくまった功績に対する御褒美は、ナチス・ドイツによる大虐殺。

戦後は同胞でもあるモスクワの重鎮たちからも見放され、冷戦時代には良くて西と東のエアマット。

あの、チェルノブイリでの大惨事では、放射能が「中央」のモスクワまで流れてこないよう、人工降雨剤がベラルーシ南部の上空にばら撒かれ、肥沃な国土は半永久的に汚染され、ソヴィエト崩壊後も各国メディアのほとんどは、厄介だからと見ざる聞かざる言わざるのボケ猿音頭。

経済破綻という深刻な危機に瀕している他の発展途上諸国と比べたとき、ベラルーシに関して言うなれば(これこそが独特なき独特なのだが)経済大国に必要以上の援助を求めようとしないスタンスとセンスに旅人は感動してしまう。

それはルカチェンコ大統領というプーチン・ロシアのイエスマンになってる国家元首の功罪に起因するのだが、それについて述べると原稿料カットという憂き目を見る。なんてことはないが、このイカした雑誌で私の名前を見ることは今後まったくなくなるだろう。

そんなことより、さっさと先へ進もう。
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「・・・バビロンから遠く離れて・・・」

 
……弱き者たちのみが、さらに弱き者たちの、行動の伴った真の理解者となりうる…… アンドレィ・タルコフスキー(ソヴィエト映画の神様)

「絶対的な美という抽象概念は、時代や環境に左右されることは決してない」と言ったのは、中世に生きた名もなき絵描きだが、私もそう思う。


          『序』

2004
92日。ベラルーシ時間A.M228分の早々朝。

数時間遅れでウィーン経由チロリアン・エアバス685便は首都ミンスク郊外の広大なスラヴィック平野に降り立った。

空港で私を出迎えてくれたのは、インツーリストのならず者でもなければ、顔に$マークが点滅してる廃墟の街にギラつくチープなネオンのようなZ級コールガールでもなかった。

空港の外でウェルカム・ボードを他に誰もいないのに精一杯両手で掲げ、私の遅れ過ぎた到着にイヤな顔ひとつ見せずに出迎え、荷物をテキパキとトラバント風オースティン・ミニの後部座席に運び入れてくれたのは、ベケットやハヴェル氏の芝居に必ず出てきそうなフェリーニ映画のボサボサ頭のロマ少年。
彼が操るヒップでビップなその車は、ホテルまでの真夜中のハイウェイをかっ飛ばす。

その間、私はすでにとんでもなく厄介な仕事を引き受けてしまったことに気づく。


先に告白しておこう。
この度の「ベラルーシの美」を紹介する取材旅行にて、読者を十分納得させることのできる結論たるもの、遠くていまだ遠い国ベラルーシが抱え込む、良くも悪くも解釈できる“素晴らしい魅力”について、私は語る術を知らない

創刊第二号にしていきなり「美女のルーツを求めて」なんて特集を組んだ旅雑誌の編集長には、ただただ呆気に取られるばかりだが、まあよしとしよう。
思ったより高くついたバジェットはすべてアチラ持ちだし、ギャラだってそれほど悪くはないのだ。
こうなったらヤケッパチ。
徹底的に中途半端でディープな論考をバロウズではないが、あくまでもカットアップ追憶してゆこうじゃないか! 



私が記憶している、東欧革命とソヴィエト崩壊直後の、あの、なんでもありの混沌時代の狂乱は、すでにもう過去の歪な遺産となっているのは、意識の上では十分承知していた。

が、プーチン・ロシア主導の国民監視社会主義という後退懐古悪趣味に唯一巻き込まれかけているベラルーシは、再び東西を奇妙に隔てる不可視の壁の中に入ってしまった……とまあ、そういった偏見を日本出発直前、何者かに警告されるがごとく植え付けられたのだが、それが逆に功を奏し、はじめから幻滅していた私に透き通るような新鮮な西風とノスタルジアの灰煙が、私の毒された肺を満たしてくれたってわけだ。

        *

「プシュキンスカヤ」という、偉大なる詩人プーシキンから取られた、おそらく本人とは縁もゆかりもない名を冠したその地区に、指定されたホテルはそそり立っていた。

九階の窓の、やたらとセクシーなカーテンを勢いよく開くと、そこには灰色にくすんだレインボー・ダークのスカーフにミンスクの町がすっぽりと包まれ、東の地平からはもうコミュニスティック・ブルーの夜明けのサインが、淡い光と共に銀幕のような窓の片隅で控えめな主張をしている。

私はすでに長旅の疲れを通り越し、体内の水分90%がもだえ、すぐにでも睡魔だかソーマの媚薬だかにこの無防備なカラダを素直に明け渡したかった。

数時間後、正確にはその日の朝9時キッカリからスタートする、編集部にまんまと企まれ丸め込まれた取材スケジュール濃密度表がビッシリ立ち構え、カッチリ待ち構えていることも忘れ、窓の外を眺めながら久しぶりのデジャヴーと不可思議なノスタルジアの罠にからめとられていた。 

つづく

********
「ミンスク夢幻」より********  



takeshi traubert marumoto
丸本武

 
posted by タケシ・トラバート at 23:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑誌、文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月10日

雑誌を(たまには)買おう!

本や雑誌が売れなくなっている理由を勝手に解読。

1.活字と最後まで付き合うのが疲れる。

2.物理的にジャマ。

3.内容がつまらない。

4.高い。

5.新鮮さがない。


これは昔から言われていることですね。本当の理由はもちろん他にちゃんとありますが、これはいち読者としてではなく、筆者として、本や雑誌を作る側の感触です。

作る側にも大いに責任があるのです。どうせあまり売れやしないんだから、多少記事の手抜きしてもいいだろう、という執筆者の意識がそのまま紙面に反映されてしまっているからでしょうか・・・。

情報を仕入れる理由で買う側にとっても、パソコンで検索すれば済むことだし、興味のない連載や記事までに無理矢理お金なんてはらいたくない、といった心理が働くのは当然ですね。いっそのこと取っておきたい記事や写真だけをレジでカットしてもらって、その分だけの料金を払えるようにしてくれれば買うんだけど・・・と思ってる方も多いと思います。

たしかにその通り。私だってそう思うときはあります。「こりゃ、永久保存版にできる」と思った号だけをたまに購入する癖だって付いてしまいました。あるいは、自分の記事や知人友人が書いた記事が載ってる号だけ買ってればいいやって思うことも多々あります。それに、たまるいっぽうで、いざ捨てるとなると、雑誌は何曜日、分別ゴミ制度で捨てるのだって簡単じゃない。古本屋に売ったって、一冊5円ぐらいでしか引き取ってくれない。これじゃあ買いたくてもつい及び腰になってしまいますね。

かつて、情報が今ほどなかった頃、雑誌一冊から得られる情報は貴重なものだったし、事あるごとに引っ張り出してみては、じっくり写真を観てみたり記事を何度も読み返してみたりと、色々な楽しみ方がありました。執筆陣だって読者の鋭いツッコミを意識して書いていたから、手抜きなど出来なかったし、それなりに本腰入れて取材し、言葉を選び、練りに練って原稿を仕上げていたものです。

でも、中には今だってひとつの記事を掲載するために全身全霊を込めてタイプライターやパソコンに向かって言葉を編んでいるライターさん、ジャーナリスト、写真家だってけっこういるのです。

日本は世界で最も雑誌の種類が豊富な国です。他の先進諸国でさえ、ファッション誌ならせいぜい数冊、アート・文芸誌だってほんの数種類。音楽・映画雑誌にしたって日本ほど選択の幅はひろくはありません。
そんなわけで、日本の雑誌は同じジャンルの他誌と差別化し、競争しなければ生き残れない。だから、時々とんでもなくシャープでディープな記事に遭遇します。そんな記事や連載を発掘するという楽しみも、ここ日本だけでしか出来ないクールな遊びなんです。

いままでパソコンから得られる情報ばかりに頼っていた方々も、ふと気が向いたら、ためしに自分にぴったり合った雑誌探しを「書店で」してみてはいかがでしょうか?

                                タケシ・トラバート & 丸本武

posted by タケシ・トラバート at 04:28| Comment(0) | 雑誌、文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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