2013年04月10日

「ガーデンレタスの種を蒔きながら」を通読して



生のおもたさを、おどろくほど格調高い文体で芸術表現の域にまで昇華させることに成功した、まれにみる文芸作品である。

すべてのセンテンス、単語の用い方、なにをとっても一切の妥協はみられない。そこにあるのは著者の「コトバ」に対する真摯な姿勢であり、愛情であり、やさしさ、であるのだろう。


ここのところ読書といったら、友人たちに薦められた翻訳本を食いちらかしてばかりで、日本語で書かれた良書を見逃してばかりいた。そんななか、この「ガーデンレタスの種を蒔きながら」という、まさに読むべくして出逢ったかのような書物は、あらためて日本語の美しさ、かろやかさ、力強さ、すがすがしさを感じさせるものだった。

まず読み進む前に読者にあたえられるインフォメーションは――伴侶との二度にわたる死別――という「ヘビーな内容」だ。

一歩まちがえれば、ちまたになくもない陰鬱な「白書」となってしまう題材を、そこは編集畑という著者、ものの見事に自己啓発し、知的読み物という衣をまとい読者をびっくりさせてしまう。

また人生そのものを、季節や自然のうつりかわりに例える箇所が多いのだが、そのどれもがまったくもって「自然」なのである。

たとえば愛について、こんなくだりがある、

『ときには自分の信じる愛によって、夢を打ち砕かれることだってある。丹精をこめて育てたやさしいバラの花の棘に、手首を傷つけられるように。愛にも、季節が存在し、あまりにも愛がやさしくて、打ちひしがれる日だってあるのだ。』


一冊の本であるのにかかわらず、いく編もの愛おしい短編を読んでいるかのような錯覚におちいるのは、はたして著者である伊沢ミーシャ氏のねらいなのかそうでないのか、知るよしもないけれど、読み終えても書棚に長く置いておきたい一冊であることに変わりはない。


(書籍Info)↓
http://www.michitani.com/books/ISBN978-4-89642-401-0.html

posted by タケシ・トラバート at 20:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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