2013年03月30日

精神病棟から叶わぬ愛を込めて


こんなはずではなかった。

というのが、まず初めにやって来たため息。


こんなはずであろうがなかろうが、あたりを見渡せばそこは再起不可能とおぼしき患者たちの吹き溜まり。

過食症で押せばコロコロとどこまでも転がっていきそうなまあるい人たち。

拒食症で吹けば三途の河までヒラヒラ飛んでゆきそうな骨と皮の人たち。

見かけは普通でも目には見えない妖精相手にケンカばかりしている老婆たち。

ただただ途方に暮れているぼくのような煩悩たち。


とにかく参ったものである。何がどうこうして参っているのか、それが分からないから参っているのだ。

とにもかくにも、いままで「うつ」という言葉を安易に使ってきたおのれが憎らしかった。

本当にうつ病にかかってしまうと、当事者はもうある種の「死」とつねにとなり合わせ、どころか、つねに死ぬことしか頭にない。

ここまで症状が悪化してしまうと通常では理解できないような負の願望が次から次へとたたみかけてくる。

とりわけ朝、めざめたとき、天井を眺めながら、どうしてもっと早くにあの世にチェックインしなかったのだろうと、うらめしく思えてきてしまう。

そこで患者たちはふらちな思いだけでなく生への活力さえもを曖昧にしてしまう抗うつ薬や抗不安薬といったおくすりを決まった時間に投与されることになる。拒否することは許されず、その場で必ず服用しなければならない。
それは医師や看護師の責任問題に関わる重要事項である。

患者の中には、理性がはたらかぬと言って拒絶する者もいるのだが、そのために死への欲求が増幅され、人間が考えつくありとあらゆる手段で命を絶とうとしてしまうからだ。


どうしょうもない世界なのだ。

そんな、どうしょうもない世界から心身ともに回復し退院できたとしても、中にはこれまた精神医療の限界か数日もしない内に舞い戻ってきてしまう患者も多いのである。

どうしょうもない世界から身の安全を求めて入院したのはいいけれど、これまたどうしょうもない世界がそこでは繰りひろげられているのである。困ってしまう。

慣れれば多少は過ごしやすくなるかと思いきや、そうは問屋も八百屋も卸してくれへん。

程度の差こそあれ心を患っている男たち女たちとの共同生活、ひとりが回復しても必ず足を引っぱるやからがいるから安心できない。かなりのストレスである。

そもそもうつ病を根源的に治すことなど今の医療では無理なハナシなのだ。





文責:丸本武
posted by タケシ・トラバート at 23:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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