2012年07月01日

再考:6.29 首相官邸前抗議運動


from front-line


再考、と頭に持って来てしまったのには、去る6月29日、首相官邸前で行われた大飯原発再稼働反対抗議運動(あえてデモという言葉は使わない)に関して、どうも腑に落ちない点があったから、だけでは、ない。

デモというものは、そもそもの「呼び掛け人」、或いは「主催者」が最後までご丁寧にコントロール可能な、ある種のイベントではない。

参加者が数百人、或いは千人を超えた時点で、抗議集会はかれらの手を離れ、ひとり歩きし、自然に膨れ上がってゆくものである。

実際、あの晩、首相官邸前に集まった方々の多くは主催者の呼び掛けに呼応してやって来たのではなく、このカタストロフ前夜の暴挙を止めさせるため、様々な情報源をたよりに自主的に集まった。

本来の目的から知らずして脱線してゆく「主催者たち」と、かれらや、かれらの「自主規制」に賛同し、しいては警官たちにうまく丸め込まれ、あのオカト違いな「解散宣言」に拍手した一部のデモ参加者たちも、まことにバカ野郎である。

そんな穿った思いに駆られてしまう。

あの夜、あまりに膨れ上がった抗議活動参加者たちのうねりに「主催者」サイドがビビってしまい、そのアタフタぶりをすぐに嗅ぎつけ、弱みに付け込んだ警官たち。
さらには、そろそろおうちに帰りたい警察が、甘い言葉でヒステリックになってしまった「自称主催者」に優しくマイクを渡し、抗議運動をすんなり止めさせてしまったテクニック……

結果的にあの集会は警察の “思うつぼ” に「自称主催者」たちだけでなく、真剣な抗議活動参加者までも踊らされた、一種のショーとして幕を閉じた。

「偽物の達成感」に満たされた参加者のほとんどは、「自称主催者」が警察車両のマイクで訴え掛けた感情論に、まんまと共鳴し、おとなしく、まるで模範生のごとくサーッと帰途についてしまった。

筆者はたまたま警察と主催者との「取引き」現場に居合わせたひとりだった。
その時点で、大飯原発再稼働まで残すところちょうど48時間。

「あなた方もよく頑張った。ケガ人が出る前に丸く収めて、つづきは来週やりなさい」と警察官の誰かが言ったかどうだかは不確かだけれど、「来週もここでデモをやりたければ解散させなさい」といった内容の――警視庁お得意の――手口に、「はい」と応えた(プレッシャーにどぎまぎピリピリし、疲れきっていた)若手主催者たち……
(かれら個人を非難するつもりは毛頭ない。誰だって警官たちに囲まれ、そこへもって落ち着きはらった私服姿の「警視庁」腕章を左腕にさりげなく……警視庁公安部とも、ベテラン警視正ともうかがえるようなヤクザな男たち、余裕たっぷりの猫なで声でウマイ話を持ちかけてくる男たち……冷静になるのが精いっぱいの状態……無理もないが)、
が、愚行……

最後の最後で、茶番劇、である。

あの時、勝手に主催者を名乗るガキやビッチは、来週では遅すぎる、という現実を忘れてしまってたのか? 
あるいは、ホンキに原発再稼働を止めさせるためというより、
毎週金曜日に自分たちの自惚れを満たしてくれるパーティ……そいつを続けたい、それだけのイベント屋でしか、結局のところなかったのだろうか。

こんなこと自分でも書きたくないのに書かずにいられないのは、あの日、原発反対抗議運動にプレスとしてではなく、いち人間として自主的に参加し、現場に最後まで居たいち主観者として、言い知れぬもどかしさ、それをいまだ引きずっているからかもしれない。

その前の週の金曜日に行われた首相官邸前抗議運動ではあまり感じられなかったことだ。
規模が大きく膨れ上がった先日29日の抗議集会では――語弊を恐れずに書けば――かなり幻滅した自分がそこに居たかもしれない。


もちろん「もうあとひと踏ん張り」と幾度か筆者自身感じたし、この日だけでも二度は感慨に浸った一瞬があった。
もしかしたら……と。
片側三車線、計六車線の車道を民衆が埋め尽くした瞬間……

東北だけでなく北海道や、関西地方から駆けつけた有志たちの熱い願いとシュプレヒコール……

しかしそんんな胸が熱くなる場面さえ吹き飛ばしてしまうほどの、主催者を名乗るメンバーと警察の哀しき結託。

そして、ふと思う。

東京新聞の一面を飾ったこともあり有名になってしまったショット……警察車両と警官たちが車道六車線を埋め尽くす群衆を遮っている写真……あるいは空からのショット……キレイに遮断された大勢のデモ参加者……
完全に、袋のネズミ、だ。いや、あるいは屋外劇場のようにも見える……


そもそも何かを変えるための「デモ」ならば多少のリスクや犠牲は付きものである。
ただでさえ「財閥」といった強大なバックが背後にあるバケモノが相手ならばなおさらのこと。自主規制などもってのほか。
せっかく一連の抗議活動で国民にわずかながらも「希望」を与えることに、ある程度は成功していたというのに、もったいないと言うべきか、残念とうなだれるべきか、やはり保身・保守に逃げ込む国民性を露呈してしまったと幻滅すべきか、まあそんなことはこの際もうどうでもよい。

無数の抗議焼身自殺でもない限り、意地でも政府は今日(7月1日)夜9時に大飯原発第三号機を再起動させる。
我々は「敵」のキャラをもう少し早く知るべきだった。

   ◆

最後に個人的な余談で強引に終えるが、過去約20年に渡って世界各地の「抗議デモ」をまのあたりにし、時に巻き込まれ、時に衝突の最前線に身を置き、時に機動隊が発する流れ弾や硝煙に逃げ惑い、時に大切な友人を何人も失ってきた半生の中のひとコマひとコマを思い出す。

自由や大きな変革を勝ち取る、という行為には決して「妥協」の余地など一切ない。
ましてや「今日はこのへんで。では皆さんまた次回!」などといったデモなど見たことも聞いたこともない。
次があるなどという甘い考えでダラダラ続けて成果を出せた抗議デモなど、この時代、存在しない。


                          One Love

なにも筆者はラディカルにやれ! などと言っているのではないが、そう捉えられてもしかたがない……



                                                    7月1日朝
                                           文責:丸本武



posted by タケシ・トラバート at 11:00| Comment(7) | TrackBack(0) | ジャーナル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
22日のデモでも驚く事があった。主催者が8時になると直ぐに「皆様のお気持ちは分かりますが、来週の為にきょうは帰りましょう!」とアナウンスした。 他の場所に行くとそこにも主催者が来てメガフォンから 「さあ、きょうは帰って下さい。」と言う。 違う場所でも同じ事を言われた。 そこで気付いた。 警察との協定の下で行っているのではないか? だから警察側に緊張感がないのか… マイクで話す内容も警察には筒抜け。 良い情報元にもなっている。 警察にとってはおりこうさんな存在だ。主催者の女性が参加人数の違いについてインタビューされている you-tube を見たが、「前回、一人でカウントした時は1万で、2〜3人でカウントしたら2万だった。なので今回は5万人です。」おおよそ、そんな内容の事を言っていたが、いくら計りづらいと言っても アバウト過ぎる。 私は自分の意思で来たのであって、主催者に管理される為に来たのではない! 紫陽花革命? 革命はもっと奥が深いものだと思う。
Posted by 紫陽花 at 2012年07月02日 01:19
我々日本人の、「空気読む」と言う性格がこのようなデモにも現れていると思います。これは、主催者が警察との交渉で解散を決定したと言うだけでなく、その指示に従い統率の取れた行動をする参加者にも言える事だと思います。

警察は本当に主催者を丸めこもうとしてそのような提案を行ったのでしょうか?
暴徒化を未然に防ぎ、息の長い運動への道筋となったかも知れません?

もともと警察とデモの主催者は敵対する関係ではない様に思います。警察はあくまで秩序を守っている存在ですので、必要であればデモ隊を守る役目も果たすはずです。無用なトラブルを起こす必要は無いのではないでしょうか?

むしろ、10万人、20万人、30万人、40万人とデモが増殖し、目指す敵を自壊に追い込むのが紫陽花革命だと思います。インドのガンジーが達成した偉業を21世紀の日本で再現出来るかも知れません。

私も代々木公園での「7.16さようなら原発10万人集会」に参加するつもりですが、40万人を超えると予想としています。
「新規の稼働はさせない、大飯原発も1年後の次回点検時にストップ」を目指して皆様と連帯を分かち合いたいと思っています。

反対運動へのカンパをする、デモの一員として参加をする、焦らずに仲間を増やし、着実に前進しましょう。
Posted by teji1 at 2012年07月03日 04:08
あなたは、インスタントな達成感や浅はかな非日常を望んでいるのですね。安っぽすぎてビックリしました。話になりません。
Posted by ばる at 2012年07月03日 09:43
この記事は、これからの、一般住民の政治参を考える上での反面教師だと思います。
Posted by さとうひろし at 2012年07月03日 11:17
あの時のなんとも言えない想いを
ここまで分かりやすく文字にして下さってありがとうございます。
まったく同感です。

日本のデモという活動には幻滅しました。

私は、逆に今後は人が集まるのではなくて、
どんどん首都から離れて行く、、、
電力会社から離れて行く、、、を推奨します。
Posted by ハルモニア at 2012年07月04日 09:09
主催者と警察とのやり取りを私は見ていないのでなんとも云えないが、なぜ貴方はその時何もしなかったのか?私は、主催者の判断は正しかったと思う。
判断過程は分からないですがね。官邸への突入など暴力行為があれば、逮捕者がで集会中止されるだろう。相手は警察・自衛隊・マスコミを持っているのですよ。非暴力で粘り強く参加人数を増やし、全国に広げることしかないのでは。
後では何とでも云えます。「その時貴方は何をしていた?」私は、田舎の地元で3度目のデモに参加していた。2百人だった。


Posted by はやさん at 2012年07月05日 22:58
60年代、70年代の学生闘争を経験してきた私にとって、今のデモはとても素晴らしいものだと感じています。昔は1000人集まれば大成功でしたから。
丸本武さんがお幾つの方かは知りませんが、もし当時に生きていらしたら、多くの友人たちのように、何も変えることができずに討ち死にしたか、失望して大企業に就職して今頃は放射能を避けて退職金で海外で悠々自適の生活を送られているのではないかと思います。
原子力村とも言われる巨大勢力とその広告塔であるメディアに立ち向かうには、多くの人たちが「非暴力不服従」を貫きながら抗議を繰り返すしかないのですよ。そのためには時として妥協ももちろん必要です。ヒロイズムに満たされた感情では何も変えることはできず、体制の思うつぼになるだけです。デモのときに警察の方と何度か話したことがありますが、彼らは原発推進を望んでいるわけではなく、そうすることがただ仕事なだけです。結構紳士的ですよ。
Posted by mashinabiru at 2012年07月15日 18:27
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