2013年01月25日

アルジェリア


看板の出ていない、記者や編集者、それも高給取りの記者や編者がたむろす店がある。
魚介類でも、カニの季節はただでさえ熱気ムンムンの店内、すぐにオーバー・キャパシティー。
ご予算はおひとりさま数万円。
常連客とクチコミ、それだけで看板必要なしの店……

昨夜は某社の某氏と3時間近く、カニ、カニ、次々と網で焼かれてくるハマグリや特製カニみそ汁のオンパレード……。いまどき珍しい打合せも兼ねた、ひたすら、カニ、カニ
「会食」である。


これ、平成バブルの名残惜しさなんだろうか。

最後には狭い店内にも関わらず、ギターなどが置いてあり、30分ほど「アラビア&インド」ふうライヴBGMをなんとか引き受けた筆者……。
ああゆう時は、さり気なく帽子か箱か器のようなものなら何でも構わないが、チップを入れる何かを店の中央に置くべきなのだろうが、わすれてしまった。
とにもかくにも、その店の丸ごとの毛ガニ、ボイルしたばかり、網で少し焼き目を付けて、っと、食い物のハナシは置いといて、
そう、中東風ギターBGMを始めてすぐに、店内の他のお客さんもいつの間にか話題がアルジェリアでの人質問題。
擁護派と批判派、様々な論争と悲劇を生んだ今回の事件。


 
ふたりの真面目な女性.jpg

アルジェリア問題。

ところできのうきょう始まったわけではない。
古い歴史がある。
過去がある。
最近であれば1992年以降、世俗派とイスラム厳格主義派との衝突がエスカレートしはじめ、同時に急激なる国内情勢悪化。「国家非常事態宣言」。ジャーナリストの人質事件も後を絶たなくなった。
 



悪化のピークだったころは新聞の国際面のはしっこに、そんな記事が毎週のように載っていたのを今でもよくおぼえている。旅行者でもそうであった。


そしてそれは今も変わらない。
ここで、情報収集という面から見れば「丸紅は賢く、日揮はヘタ打ち」という構図にいつの間にかなってしまうが・・・・・・


過去20年間、「アルジェリア」という国は旅人にとってもジャーナリストにとっても二の足を踏ませる「国」だった。



情勢が最も悪化していた1990年代前半から21世紀にかけてはツワモノ旅行者やベテラン商社マン、豪快なジャーナリストたちでさえ――入国はさほど厳しくないが五体満足で出国できるか――という自粛感(ひとによってはスリル感)があった。


とにもかくにも「国家非常事態宣言発令中」国であったことには変わりなし。(この点について、2011年に約20年ぶりに先の物騒な発令は解かれたとのことだが、こうゆうのはカタチだけ、一年や二年でアルジェリアに対するイメージも現実も変わることなどない)。



実際、情勢が最悪だった1994頃、どうにかして入国したジャーナリストの多くは次から次へと人質になっていった。

当時、モロッコ側の国境付近では、アルジェリアに入国を試みる様々な人々でにぎわっていた。

しかし命からがら出国してきた連中の多くは、生きているのが奇跡であるかのようなリアリティのない表情をしていた。

かれらのそんな表情からは、
「アルジェリアなんか忘れて、さっさと帰ったほうがいいぜ」
などとキザに、そして恐怖におびえきった顔……

アルジェリアは20年以上たった今も、まだ世界最悪の「人質御了承」国家として君臨している。
多少なりとも現地情勢に詳しい人間ならわかると思うこと。

さらに、アラブ民主化革命から2年以上経ってもガタガタ諸国、とりわけ現在のエジプトなどを見ると、タカ派が多いのである。イスラム原理主義という言葉は安易に使いたくないので使わないが、中東のタカ派はそもそも政治音痴・経済音痴のふきだまりのようなところ。

大ひんしゅくを買うのを覚悟で書いてしまうが、人質になって殺された方々ひとりひとり、そして「日揮」という会社、目を覆うばかりの自己管理の甘さ。あまりテレビや新聞で同情調のニュースばかり見るのも良くない。事故ではあるが、アルジェリアのような土地に赴くには先述のような「死ぬ可能性大でも赴く」という覚悟が必要。

かれらは生をまっとうしたと思う。

合掌




                文責・丸本武

posted by タケシ・トラバート at 07:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月11日

大麻樹脂って?


さきに写真をクリックして動画を見てから、というのもアリでしょう。

 
 
チャラス職人
 


日本ではハッシシの日本語訳「大麻樹脂」というコトバが、いささかピンとこないサウンドとして報道されたりするけれど、そんな大麻樹脂って「どうやって作るのだろう?」と、よきにつけ、あしきにつけ、一度は疑問に(?)思ったことが、読者の方の中にも多いことだろう……

そもそも大麻樹脂というものは文字通り大麻草の樹脂(そういう意味では「大麻樹脂」という呼称はフェアか……)。

1メートルあたりから人の丈あたりまで育ったメスの大麻草、そのちょうど「腰」のあたりから「トップ」にかけての主に葉に分泌するベトベト、そいつを両手でねじるように手のひらに擦りつける。



それを何度も何度も何度も何度も、繰り返す。(ただし、「クリーム」などと呼ばれるやわらかい大麻樹脂は、頂上付近のみを主にフォーカスしてしまうという、贅沢さ……)。

数十分もするとベトベトだった手のひらにゴマ粒大の茶色い「生まれたてハッシシ」がいくつもいくつも。
それらをひと固めにし、大きく大きくしてゆく。

その大きさが巨峰ひとつぶほどになれば、ひと仕事終了。


風土、風習、いわゆる土地柄によって、冷凍庫で眠ってた板チョコのようにカチンカチンにプレスしたり、
先のように巨峰大に丸めたものをチーズのようにひんやりとした地下室や洞窟で、ときに何年もねかせたりもする。


大麻樹脂で有名なところ、といと、まずはモロッコやレバノン、ネパールやパキスタンを思い浮かべるかもしれない。

モロッコからアルジェリアへつづくアトラス山脈周辺のハッシシは南欧のハッシシ・マーケットを制覇している。
またレバノンのベッカー高原で作られてきたハッシシも誉れ高い。献上用に薄く、長方形で、かたまりごとに麻地の袋にロウソクの封印、などといった古き良き時代は遠くはかなく……
他にも、ネパールなら至宝「ロイヤル・ネパール」。パキスタンでは西部バロチスターン州産のクリーム。他にも世界各地にキリがない

ところがそれら、かつて名声をとどろかせた産地も21世紀に入り、国家間情勢や対外関係上、規制を厳しくしている。なかには生産完全中止に陥っている地域もある。
かといってハッシシの生産が急に活発になってもらわれても困る。それは大抵、武器や物資に困ったゲリラの(最終手段一歩手前な)常とう手段・発令を意味する。


それは同時に、

 「貧困」
 を、また意味する。



動画について
全行程をお見せ出来れば、と思ったのですが、延々と続く単純重労働……
そんな訳で、ひさしぶりに動画。「気軽にチャラスを作るには〜……」
約30分を1分22秒と縮めたわりには、かなりシンドイと思いますが、たまには「あー、そうだったよな〜」と懐かしんでいただくのもよし、初めての方は「へー、な〜んだ」とガッカリされていただいてもよし、as U like
動画➔http://www.youtube.com/watch?v=tIBrT3tquFY 
(限定設定)



        映像責任、および文責: 丸本武


posted by タケシ・トラバート at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | カウンターカルチャー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月05日

ギャラの確認

タイプライター

ここ、年末年始にかけ、「ドメスティックなドタバタ」 と並行するかのように 小さな仕事をアチコチから取ってくるので必死の状態。フリーランサー、自営業の方々にとってはとりわけ慌ただしい年末年始だったと思う。
ところで 「リライト」 の仕事、ホント数年ぶりになる。


リライト、という行為そのものを あまりよく知らない方のために少々手抜き説明してしまえば、

他者が話したり書いたりしたモノを、読み物として成り立たせるための行為全般。(いわゆる書籍編集者や「編プロ」と呼ばれている方々は、仕事の中に「リライト」という行為も含まれている)。

なかにはインタヴューして、録音した膨大な時間を “テープ起こし” に割り当て――ぼくの場合は肝心なところをシャーっとノートに、自分にしか分からないようなペルシャ文字で書く、なんてことはしませんが、似たようなコト――をし、
必要でない、と判断したモノは泣いてもらってバッサリ削除。

とにかく読者が「文」を違和感なく、内容の妨げにならない表現を用い、「書物」にしてゆくプロセス……


ただし今回は、編集者がふたりも「某著者」の生テキストに筆を入れている、という異例なシロモノ。

ほぼ完成しているビジネス書なのだが「ゆる〜い読者も囲い込む!」という、かなりアブストラクトな注文

それをさらに(「第四者の目」ってことになるのか?)違った角度から少しずつ体裁を整えてゆく。
これ、かなり荷が重い……

すでに、もう、ふたりものプロの編集者が筆入れしている作品に「赤入れ」
そういった簡単な方の作業である。が、ふたつ返事で引き受けたこのカルマ、〆切ギリギリでも大丈夫だろーな、とタカをくくっていたら、デッドラインはもう明日……


終了している部分はまだ全体の20パーセントほど。
かなりマズイ状況なのです、が! 

退屈という救いようのない生理現象がもうさっそく。というより他人の文章にアレコレ手を入れるのって、基本的に好きではない作業のひとつ。
途中、不本意にも著者の世界観にあきれ返ったり、読むこと自体が飽きるうんぬん以前に、カラダ全体がどっと疲れる。

そこで気分転換にカボチャカレー作ったり、こんな風にブログ更新してみたりするのだけど、では「いざ!」となるとアタマっから退屈地獄。それでもたまに「こんなん、ただの森林破壊やん」とか、「インク屋は儲かるんかなぁ?」などと声に出して愚痴ってストレス解消(なんてできるか!)。


ところで何を書こうかと当初、頭にあったのが、「ギャラ・印税・経費」のハナシ。

けれど、『取材経費は幾らくらいが相場なのか?』だとか『お金のハナシはお早めに』などといった文章みせられても、読者の方々がうんざりするだけ……
といっても、少しくらいはと最後に、

「社会人」だとか「文化人」だとか関係なく、いま一度、自分の労働、それに対する対価、ギャランティーは、余計な手間や納得のいかないコミッションで差っ引かれたりしてはいないか、定期的に確認しましょー。
(意外とこの作業、試練!? 忍耐の連続〜だったり)

セルフ・セルフコントロール

こんとろーる


反転typewriter


文責:丸本武
posted by タケシ・トラバート at 22:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月03日

イントロでアクション





 

この、どうしょうもないほど「日常的」な一日、あっという間に、たぶん夕刻

こんな日がせめて幾日かはつづくようなことがあってほしいものだと、ふといま思う。それほど「日常」というものが筆者の「日常」には完全に欠落してます。
お正月〜といわれてもピンとこないが、何もかもに、だらけ、怠惰のダの字までいっても罪悪感など湧かぬ数少ない休日……


そんな中、ここ数年、最初の女房と10年以上のブランクはあったものの、定期的に連絡を取り合っているのだが、アラサーで三人目になる子供がお腹のなかに、と告げられる(もちろん再婚相手との子供)。

血が混ざると生命への激しい謳歌も衰えること知らず。
長男の名はケヴィン。今年で18才・・・・・・

大天使の名前を拝借したものだ。
命名は母親(離婚後しばらくしてから知った妊娠だったため)。

そのイタリア人とルーマニア人の血が入る母と日本人の血も半分流れている青年ケヴィン。
まだハタチにはなってないけど、今年、私が初めて自分の生まれた土地をはるか離れ、長い異国の大地をさまよった歳と同じ齢を迎える。


おのれのせがれにどんな道を歩んでもらいたいか、と真剣に考えたことのある方なら分かるかも知れない、このもどかしい感覚。
わからないのだ。
実にわからないのです。

自分と同じようなふざけた道を歩もうが、つつましく「田園」風景にうもれながら牧歌的な農夫になってくれてもいい(ヴェートベンの名作『田園』は、かつてハイリゲンシュタットと云われた地方、息子の現住所から車で小一時間)。といっても現在のドイツ、EUの中では悪くないのに、東へ行けばゆくほど経済は極端に悪化中。

高等教育を受けていても、そうそう自分がやりたい仕事に就けるものではないらしい。
で、じゃあケヴィン、お前は?

 なんと音楽プロデューサーのアシスタント

即興のMCなんかもうまい。
音楽の才能はかねてから認めていたけれど、絵の才能がどうもまだ目が出ない。
いや、もともと絵の才能などなく、親バカ高じて幻覚でも見たのだろう、きっと。





丸本武

posted by タケシ・トラバート at 11:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月01日

世界音楽


チャパティー デリバリー バイク



いつか大晦日にやろうと決めて、いつの間にか毎年、年が明けて〜とっくに何ヶ月も経ってから

「あ、忘れた……」
と思い出して来たのが、
この
 『地中海性気候〜音楽の旅〜』
なのでありますが、詳しい解説などなどは蹴っ飛ばし「音楽」を文字通りそのまま――ただリンクを貼り付ける、という「皆さま御承諾行事」の、一見、しなくとも! ごていねいでない新年早々ブログ・・・

本来意図したカタチにするには かなりの時間とロウドーリョクが掛かると相分かり、
とりあえずのホッタテ小屋『地中海の〜なんたらかんたら〜ヴァージョン……

来年は本腰?いれて?インシャッラー


今回、ただ たくさん好きなのだけをピックアップしてはアカンと、地中海広域、と限定。最後まで無料で聴けるYouTubeのみからのリンク。

大抵の「インナーネットユーザー」がちゃんと聴ける、云々放棄し、出てくる言語はスペイン語にフランス語、サルディーニャ語、ヘブライ語にアラビア語、と多すぎず少なすぎず……

 *********************************

まずは1996年の冬だったか、初めての離婚後にたどり着き、拠点を置いた街バルセロナ。

ロサーナ・アルベロという名の、歌手としては少々遅咲きの、けれど泣かせる曲から身の踊る曲まで多彩多才の人物。


★Rosana -  Si Tu No Estás Aqui
ロサーナ。
ちょうどやみくもな旅路の果てで大ヒットしてた名曲 『 Rosana - Si Tu No Estás Aqui 』 。いつ聴いてもこんなにシンプルで泣かせる曲も珍しいと思う。歌詞の意味がわかるとなお泣ける。



次は一転、しっとりとしたスペイン語ナンバーから、ファンキーなフランス語のナンバーに

★Zaz -  Ma Folie
ザズ。
路上のパフォーマンスがクチコミで話題になり、いつの間にか成功してしまった天然児たち。
でもその実力たるや、そのリズム感たるや、そんじょそこらの「ベテラン」もかなわない!





つづいてイタリアはサルディーニャ島から。実はこの島、土着の音楽だけでなく世界的にも数少ないポリフォニーの伝承地。今回は日本語版アルバムが出たことのある本物のベテラン、歌姫エレーナ・レッダ

★Elena Ledda - 
Cantu a Dillu
エレーナ・レッダ
彼女のことは十代の頃から大好きで知っていて、22才の時にイスタンブールで短期間アパートを借りていたことがあるのだけれど、隣りに住んでたサルディーナ人…曰く
「エレーナ・レッダを好きな人間はどんなヤツでも信用する!!」





★Dulce Pontes,  Os Índios da Meia-Praia
ドゥルス・ポンテス。
日本でもたくさんのアルバムが発売され、もやは説明するまでもないけれど、アマリア・ロドリゲス亡きあとの「ファド」を、ここまで異次元・異空間に広げながらも切なくサウダーデ(ソダーデ)している素晴しい女性。





★Noa ことAchinoam Nini 
ノア、ことアキノアム・ニニ
ここでもさほど前でない時期に取り上げたので、そちらをご参照?(ひとつの言語につきひとりのアーティストなので)〜 ノアよりもっと高い頻度でとり上げているオフラ・ハザをはじめとしたイスラエル人アーティストに関心のある方は、テルアヴィヴのInternetラジオにゴ−





Fayrouz
ファイルーズ
このひとの、この曲も忘れられない
語ること多すぎる曲なため、以下、後略(笑)






                 文責・引用責任:丸本武

posted by タケシ・トラバート at 01:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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