2011年08月15日

そしてビート・ジェネレーションとカウンターカルチャーに関する「おぼろげな白書」と、解き放たれたコトバたちと詩神たちのチャント。「ポエトリー・リーディング」に関する幾つかの「覚書」(最後まで読むのがつらくなるほど長いけれども)




注釈:この長文はかれこれ数年前にどこからか依頼があって書いたものだったような気がするけれど、誰から依頼があったのか、どんな組織から頼まれたのか、忘れてしまった。長ったらしいが、最後までお付き合いして頂ければ感謝。 by Takeshi Traubert

 

―――その小史と簡単な覚書―――



そしてビート・ジェネレーションとカウンターカルチャーに関する「おぼろげな白書」




ポエトリー・リーディング」とは、いったいどんなものなのか知らない方にとって、まず、その歴史を簡単に振り返ってみることは理解の大きな助けになるだろう。

「詩の朗読」と言ってしまえばそれまでだが、



古今東西、“詩”を“朗読”するという行為をすべて「ポエトリー・リーディング」と捉えてしまうと、とんでもないことになってしまう。

    ◆

かつて、“詩”を“朗読”する詩人といえば、


もっぱら王様や貴族を愉しませると同時に相談役として使え、



豪奢な住居を与えられ、経済的安定を保障された一種の国家公務員のような存在を指した。

ギリシャ、ローマ、ペルシャなどといった帝国では詩人の役割は現在では想像もつかぬほど重要であったことはご存じだと思う。



ときにアドバイザーとなり、ときに情報伝達者となり、ときにカウンセラーといった役目も果たした。

例えるならば、大統領補佐官と広報担当者と第一秘書と専属精神科医をすべて兼任する重要人物である。


他の宮廷楽士や宮廷画家などとは一線を画す存在だ。
それは日本の中世に於いても同じことが言えるだろう。




そういった意味で、村から村へ、町から町へと放浪を繰り返しながら、


各地でストーリーテリングをしていた「吟遊詩人」のほうが、現在における「詩人」という定義に近いかもしれない。

しかし、その歴史はあまりに長い。




「詩の朗読」というものを広義な意味で捉えるならば、その起源は人類の誕生と時を同じくする、と言っても過言ではないかもしれない。



文字が発明される以前、人はもっぱら言葉や音で意思の疎通をはかっていた。



遠くの土地を旅してきた商人や巡礼者たちは旅の途中で遭遇した出来事やエピソードをいわゆる“詩”というカタチを取って(ときには打楽器や弦楽器が奏でる“音”を伴い)故郷の者たちに抑揚をつけて語って聞かせた。

吟遊詩人の原型である。




今でも識字率の低い土地では口頭伝承で歴史や逸話、そして伝説を語って聞かせるが、その役割を担うのはたいてい吟遊詩人である。


単に語るのではなく、うまく韻を踏んだりアクセントを凝らして決して聞くものが飽きないように“語る”のである。

それは日本の浪曲や俳句、そして歌会に多少なりとも通じるところがある。


また、琵琶法師なども典型的な吟遊詩人として捉える事ができるだろう。

     ◆

しかし、近代に於いて我々が一般に「ポエトリー・リーディング」、と呼ぶものは、
それら伝統的なものとも自然発生的な吟遊詩人たちが残した文化とも異なる。





こんにち我々が認識する「ポエトリー・リーディング」の原点と呼べるべきエポックメイキングな地点をどこに見出すかについては、諸説入り乱れ、確定することは難しい。



けれども、私はあえて19世紀末のフランスと大戦後のビート・ムーブメントに的を絞りたい。


特に「ビート・ムーブメント」にだ。

なぜなら、いま我々が当たり前のように享受している文化や思想に多大な影響力を与え続け、そのムーブメントは、来るべき新しい文化へと率先して導いてゆく不断の原動力であり続ける「ハプニング」だったからだ。




“ムーブメント”というと一過性の運動と捉えられがちだが、1950年代にビート世代が無意識に行った「革命」の精神は、これからもずっと衰えることなく受け継がれてゆくものだと信じている。



       ◆

まず「詩の朗読」近代史において最初に公の場で自作詩の朗読をはじめたのが、フランスの「アカデミー・シャルル・クロ賞」で有名な鬼才、シャルル・クロ。



1869年頃から詩人として革新的な作品を、世紀末パリのサロンで朗読しはじめたことが、後の欧米における最初のポエトリー・リーディングであったことが確認されている。



20世紀に入り、現代音楽やジャズの演奏をバックに自作の詩を読んだケネス・レクスロスやサーンドバーグといった巨人たちは、このシャルル・クロの試みを近代史における最初のポエトリー・リーディングと位置付け、ある種のお墨付きと、敬愛の念を込め、ことあるごとに引き合いに出してきた。



しかし、19世紀末を生きたシャルル・クロ……
フランス文芸サロンのデカダン詩人でもあり、エジソンより一足先に蓄音器理論を論文化し、同世代に活躍した多くの詩や文学者、そして化学者や音楽家に多大な影響を及ぼしながらも、1888年、貧しさと孤独の中でまともな詩集さえ出版されることなく亡くなってしまう。




その後、幾人かのシンボリックな詩人を例外として「ポエトリー・リーディング」は表舞台から影を潜め、あまたに存在する表現形態の中で絵画や音楽のずっと後ろの方で、その存在感が薄くなっていってしまう。



       ◆

しかし、1940年代に入り、ジャズの一形態であるビーバップが登場する。


黒人のスラム街で話されるヒップで韻を踏んだ独特な話し言葉に触発された一部の白人作家たちが「ポエトリー・リーディング」を永い眠りから叩き起こしてしまった。

さらにそれを一気に世界規模のカルチャーへと昇華させたことは、現代史をその根底から覆してしまったといっても過言はない。





その中心人物が、20世紀、最も偉大な作家で詩人であるジャック・ケルアック。


戦後、世界を尻目にアメリカは戦勝国として経済的にも文化的にも裕福な時代をむかえるわけだが、その恩恵にあずかったのは結局ミドルクラスやハイクラスに属する市民。



有色人種や労働者階級の貧しい白人たちにとって、相変わらずの生活苦が改善されたわけではない。


アメリカが世界のコントローラーとして君臨できたのも、鉱山や大企業の工場といった低賃金で働かされていた肉体労働者たちのおかげであったわけだし、世界に誇る軍事産業や自動車産業にしたところで、それを支えていた寡黙な労働者たちの血と汗と涙あってこそ。

そんな見かけ倒しの「アメリカ」に疑問を持ち、社会構造の痛いところを最初に突いたのが、後に「ビート・ジェネレーション」と呼ばれるグループであった。




グループといっても、先に述べたジャック・ケルアックの他、アレン・ギ―ンズバーグやウィリアム・バロウズというほんの数名の作家志望者の集まりである。



彼らは皆、高等教育を受けた中産階級出身者であり、何かしらコンプレックスを秘めたデリケートなニューヨークの若者たちだ。


経済的なゆとりはあったにせよ、漠然と浮かれ騒ぐ「アメリカ」というひとつのコンセプトに苛立ち、依然として既存の文化や風習の延長線上であぐらをかくソサエティーに閉塞感をおぼえ、そのはけ口として酒やドラッグに溺れては悶々とした日々を送っていた。

そこへ現れたのが、幼い頃から「アメリカ」の底辺で人生を謳歌しサバイヴしてゆく術を身につけた路上のヒーロー、奇想天外な言葉の魔術師、ニール・キャサディだった。





その、ずば抜けた行動力と、片っぱしから社会的ルールをぶち壊して涼しい顔しながら、ペテン師のような口調で矢継ぎ早に路上の叡智をふりまき、出来たてホヤホヤのハイウェイ、ルート66へと創作活動に行き詰まっていたケルアックたちを駆り立てた大胆不敵な自然児だ。
彼こそが本当の意味で唯一の「ビート」だったかもしれない。




当時、新たな変革期をむかえていたニューヨークのジャズシーンが、かれらの旅と創作活動を後押ししたことも忘れてはいけない。


ロックンロールが音楽界に揺さぶりをかけるまで、まだ10年はあった。


ニール・キャサディと出逢ったケルアックは、40年代後半から50年代にかけて「本当のアメリカ」を探す旅を繰り返し、大陸のあちらこちらで仲間のギ―ンズバーグやバロウズ、そして無数の即興詩人たちと朝日が昇るまで酒やドラッグをつまみに、来たるべき世界について語り明かしながら、徐々に新しい「コトバ」と、その用い方を習得していった。



そして、ひとつの旅から次の旅へのつかの間の静寂を用い、その疾走感や麗しの体験が冷めやらぬうちに、自分たちが発見した新しいコトバや表現で森羅万象についてのなにがしかを散文や小説、そして詩といったものに変換していった。

     ◆

後にビートの創設者たちが世に放った作品の数々は、小説でありながら限りなく詩的な美しさをたたえている。



詩集でありながら元来の詩とは形式もスタイルもメッセージ性も、この世のものとは思えぬパワーとエモーションとヴィジョンに満ち溢れていたし、いまも色褪せてはいない。

とにかく、メディアや文壇の度肝を抜かすほど革命的なものとなった。



とりわけ小説として出版されたジャック・ケルアックの有名な『路上』や『荒涼天使たち』は、それまで人類が遭遇したことのないようなみずみずしさとイメージの洪水とポエジーが行間にまで刻印され、流れるようなその文体は声に出して詠まれることによって、さらに魂を吹き込まれた。

また、アレン・ギ―ンズバーグの『吠える』や『カディッシュ』といった詩群は、単なる活字による詩として完結することを拒み、当の本人がプリーストの如く高らかに詠みあげることによって、まったく別次元の美しさと警告をはらんだ芸術へと昇華されていった。




そんなビートたちが興したある種の「革命」は、多くの若者たちを覚醒させ、旅へと駆り立て、それまで「文学」という檻の中に閉じ込められていたコトバを自由な世界へと解き放ち、
一部の特権的な人間たちが独占していた文化を、すべての自由な心を持った若者や活動家たちに大きな活路を開かせた。




さらに時を同じくして、音楽の世界ではロックンロールが世界を震撼させ、アートの世界でもビートに触発されたかのような自由自在の表現がメインストリームを旋風し、60年代になると人権活動家や女性解放運動の旗手たちに勇気と活力を与え、反戦運動やフリースピーチ、性革命へとその影響力は計り知れないものとなってゆく。




その頃には既に「ポエトリー・リーディング」という文化はあらゆる世代に浸透し、街頭やカフェ、ライブハウスや教会で当たり前のように行われるようになっていた。


その現象はアメリカだけでなく、またたく間に世界中に飛び火し、日本の詩人たちにもすぐに受け入れられることになる。

ここで、日本に於ける「ポエトリー・リーディング」の現代史について述べる余裕はないが、忘れてはならない重要な一点についてのみ触れてみよう。



       ◆

50年代後半にビートの旗手たちが詩の創作するにあたり、そろって影響を受けた文化のひとつに、日本の俳句と禅思想があったことを忘れてはならない。



ジャック・ケルアックの親友であり、同時にエコロジーの創始者とも言われる詩人、ゲーリー・シュナイダーは、まだビート・ムーブメントがアメリカ本国で火を噴く以前にいち早く京都で禅の修行を行い、俳句の素晴らしさや仏教が内包する世界観をアメリカにいたケルアックたちに紹介し、彼らの詩作活動に多大なる影響を与えた。

現にジャック・ケルアックの最高傑作と呼ばれ高い詩集『メキシコシティ・ブルース』や『ブルース・アンド・ハイクス』(どちらも本人の口から発っせられて初めて魂を持つ詩群)などは日本の俳句や禅の世界観が全編を通して漂っている。



アレン・ギーンズバーグに至っては、インドでヒンドゥー教を本格的に学んだあと、京都に滞在するゲーリー・シュナイダーのもとを訪れ、新たな表現方法を習得する。


その思想は、数年後、アメリカでヒッピーと呼ばれる世代が誕生する強力な原動力にもなった。

当時、日本でかれらビートの旅人たちといち早く接触した詩人たちに、ナナオサカキや諏訪優、そして現在も日本のポエトリー・シーンを引率する白石かずこさんなど、数え切れないほどの自由人、文化人が触発され、感化され、洗礼を受け、60年代から連綿とつづく日本の新しいカウンター・カルチャーの基礎を作り上げたことは、いまさら語る必要もないだろう。




              ◆

最後に、もうひとつだけ重要な点を述べて、この「ポエトリー・リーディング」についての簡単な覚書を終えるにしよう。



日本に於いても、その他の国々においても「ポエトリー・リーディング」というものが活発になる周期というものがある。それは、決まってその国の政策がトンチンカンな道を歩み始めたり、外交上の危機や戦争や紛争に直接的にも間接的にも国家が介入し始めたときであり、また、手の施しようがない不況や経済的危機が訪れたときである。



そんな社会状況が当たり前のように市民生活の中へと浸透し始めると、必ずと言っていいほど声に出すポエトリー・ムーブメントが活発になる。



現に、バブル崩壊後の日本でも、ポエトリー・リーディングの大きなリバイバルがあった。


また昨今の日本政府による他国への軍事介入や政策不振は新たな世代を突き動かしている。
かれらによって「ポエトリー・リーディング」が毎日のようにどこかで、それも細々としたものでなくあらゆる形態をとって大々的に開催されている。それが意味するところは、お察しの通りだろう。




それは、ビート・ムーブメント自体が、そもそも対抗文化のルーツといっても過言ではないことに起因する。



この場合、「対抗文化」という表現は、そのまま直訳され日本語として定着している「カウンター・カルチャー」として捉えて構わない。


「ポエトリー・リーディング」とは、巨大なシステムに対し、中指を突き立てる行為であると同時に、




 平和や協調、

 そして共振や共感を、

 態度で示す行為であるのだから。







(文責)丸本武
Takeshi Traubert Marumoto 

posted by タケシ・トラバート at 17:17| Comment(0) | TrackBack(0) | ふと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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